Home » , 結婚

出産後に夫婦の壁がやってくる

Family Love

僕らもそうだったけど、出産後に夫婦の壁がやってくる。

出産後は、女と言うより母親の身体に特化しているから、どうしても赤ちゃんにすべての時間を使うことになる。夫婦の時間はなくなってしまう。そのうち、女性はそのまま母親に特化してしまい、妻であることをすっかり忘れてしまうこともある。すると、夫は相手がいなくなってしまう。もちろん、赤ん坊がいるから我慢しているが、あまりに長期間そんな状態が続くうちに、どうしても互いにずれが出てくる。

そこで、三ヶ月から半年くらいたって、ある程度子育てが落ち着いた段階で、夫婦の調整をしないと、本当にそのまま仮面夫婦になりかねない。母が強くなりすぎると、夫と触れあうこともいやがるようになるから。だから、すごく話し合った。夫婦こそ家族の中心であり、夫婦の中心は性愛であるなら、女性の身体が整い、準備が出来たら、また再開していくことが絶対必要だと言った。産科医の先生も、「夫婦は性愛だ」って言っていた。

もちろん、出産は女性にとって大変だ。でも女性にしかできない、歓喜の体験にもなりうる。苦痛に終わるか、歓喜の体験になるかは、夫のサポート次第だ。

出産にあたって夫は、妻を精一杯サポートしなくちゃいけない。それが足りないと、歓喜より苦痛が残ってしまい、出産後の夫婦の回復も遅れる。仕事を一時的に休んで、彼女の出産のために全力で向き合い、すばらしい出産が出来ると、彼女の回復も早かった。だから、夫婦生活の復帰も早かった。

妊娠、出産が恐れや不安で終わると、あとの夫婦の愛も枯渇しかねない。妊娠と出産を愛と信頼で過ごすと、出産によって女性ホルモンが活性化し、外見は前より美しく、若々しくなる。体型も前以上に引き締まった姿になる。夫婦の結びつきも深まり、セックスもすばらしいものになる。

妊娠と出産を充実させることが、夫婦生活を続ける上でいかに大切かを知った。

子供のために、夫婦の営みを犠牲にしてはならない。子供は、いずれは自立していく。子供は、たしかに親の扶養がなければ生きてはいけないが、だからといって夫婦の営みのすべてを犠牲にするのは本末転倒だ。

子供が生まれ、子育てに必死になるあまり、夫があとまわしになることで、結局一番不利益を被るのは子供たちだ。

出産後は、もっとも夫婦にとって困難な時期だ。妻は睡眠不足が続き、慣れない子育てに疲れ果ててしまう。ところが夫は、何をすればいいのかわからず、せめて自分の欲求を抑えるくらいしかすることがない。その結果、ますます夫婦の距離は離れてしまう。そのまま、子供が中心になってしまい、夫婦が疎遠になったまま、離婚やセックスレスなどになりがちだ。

その理由の本質は「子育てをきちんとしないと世間から何を言われるかわからない」という強いプレッシャーがある。まるで規格遵守の工業製品のように子育てしている。夫を軽んじることに世間は寛容だけど、子供を軽んじればそれこそ何を言われるかわかったものではないからだ。

夫婦の仲が疎遠になれば、愛の最小単位としての機能も果たされない。結局、子供たちに愛を与えることもできない。夫婦の愛が失われた子供への愛は、愛ではなく、心配や恐れになりがちだ。自分の不安や恐れを子供に投影し、欲求不満を子供で果たすだけになるからだ。

夫婦が愛に満ちていれば、子供は自然に育っていく。それほど難しいことではない。子供たちは模倣の天才だ。真似をすることで、学ぶようにできている。教える必要などない。まず自分が示せばいい。示し、そして意味を伝え、あとは過ちをただせばいい。

自分が嫌いな子供たちが増えているのは、夫婦の愛の不足を感じさせるし、愛の言葉の不足を示しているし、愛の行為の不足を示している。

愛の最小単位の夫婦の愛を、子供を育てる傍ら、必ず続けていくこと。それは一家にとって生命線だと認識することだ。

二人の時間を大切にすること。夫婦の愛、エロスの愛を創造すること。その愛のエネルギーを絶やさないこと。それが源泉なんだ。源泉を切らしてしまったら、子供に愛を伝えることはできない。子供の中に愛が育たなくては、自分を好きになることもできないし、他人を愛することもできない。愛を与えなければ、愛を受けとることもできない。

愛のない人生を、幸せって思えるだろうか。

今の子育てはあまりにお金の不安にフォーカスしすぎている。豊かさを生むのは、教育でもないし、資格でもないし、スキルでもないし、能力でもない。そのような教育はすべて、お金の不安や恐れを埋めるためのものさ。不安や恐れは愛ではない。

愛が自由と豊かさを生む。豊かさが美を生み、美が愛を産む。そうして愛は循環する。幸せは愛の中にある。

Archive