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「魂レベルの奉仕」とは?

Boomerang!

錬金術士の宗生です。

宇宙を自由にコーディネートする方法」という記事に関して
いくつかご質問をいただきました。

とくに「魂レベルの奉仕」って?
というご質問を数名の方よりいただきました。

勢いで書いたため、舌足らずな部分もありましたので、
補足しつつ、そこから見えてきたテーマについて
より突っ込んで書いてみたいと思います。

Q 陰陽師は適性が必要なのか。

先の記事で、私が今回受講する「陰陽師トレーナー養成講座」に関して、
適性がないと受けられない、と書きましたが、
これは「陰陽師を養成するトレーナー」になるには、適性が必要らしい、
という意味です。

ですので、「陰陽師」自体には、とくに適性はないと思います。
まだ受講していないので、はっきりはわかりませんが、
特に必要ないと思います。

私が開催することになる陰陽師講座も、おそらくは
どなたにでも受けていただけるものと思いますので、
陰陽師に関心のある方、惹かれる方は楽しみにしていてください。

Q カルマの全解除をするのが、「千日回峰行」クラスに難しいことなら、
 「カルマの全解除」ワークも何度も受けないと、カルマの解除はできないのでは?

いいえ、「カルマの全解除」は一回のセッションでOKです。

「カルマの全解除」ワークが特別なのは、普通だったら何度も生まれ変わらなければ
到達できない「カルマの全解除」の状態に、たった一度のセッションを受けるだけで、
全解除してくれる、という点にあります。

だから、「反則技のような(笑)」「特別なボーナス」だと書きました。
反則技、という言葉はジョークです。

でも、正直いって、最初直子が習ってきたワークのコンセプトを聞くと、
だいたい私は、最初「そんなにのずるい!!」と思わず言ってしまいます。
今までのさまざまな修行法やトレーニング方法を知っているだけに、
「そんなに簡単にできちゃうなんて、ずるくない?」と思わず言ってしまうんです。

私自身、シュタイナーの「いかにして」を読んで、何年も行をしたり、
何かの結果を生み出すために、何年も祈り込んだりした経験があるので、
それと同じ事を、一瞬で身につけてしまう錬金術的開発手法は
私には「魔法」のようであり、良い意味で「反則技」のように思えるのです。

ちょうど、iPhoneの新機種が出るたびに、
前よりはるかに金額が安くなり、しかも前よりはるかに性能が良くなるのを
悔しい思いで眺めているのと、どこか似た気分です(笑)。

要するに、私が独学で必死こいて身につけたことも、
それどころか、難しくて身につけられなかったことも、
直子は、ワークを受けまくることで、
はるかに容易に、はるかに素早く、はるかに高みへと
簡単に駆け上がってしまったから、私としては悔しかったんですね。

だから、なかなか認められなかったわけですが
実際に直子から受けてみれば歴然だし、
彼女はその後もどんどん結果を出しますから、
最後は私も認めざるを得ませんでした。

だから、はっきりこう言えるわけです。

「カルマの全解除」だけでなく、
直子がリーブスのトレーナーに学んで習得した、
様々なヒーリング、封印解除、能力開発、覚醒ワークは、
すべてが、今までの常識ではありえないほど、
素早く短期間で変容を促進するワークです。

少なくとも私はそのように実感しています。

どうして、そんな今までにはなかった、
このような特別な方法が急に今になって出現したのかについては、
「次元上昇」という時代背景のためであり、
地球が極めて特別な状態にあるからだ、

と私は理解しています。

だからこそ、
簡単で特別に素早い方法が特別にこの時空でのみ許可され、
カルマの全解除や、封印解除を行い、
高次元に覚醒することをサポートするだけでなく、
覚醒した人が、他者の覚醒をサポートできるようになるまで支援して
次元上昇を望む魂の要請に応えようとしているのだ、

と私は理解しています。

Q 「魂レベルの奉仕」とは何か? ボランティアのことか?

さて、ここで非常に重要なテーマが出てきました。

私はこれまで、「魂レベルの奉仕」という言葉をわざわざ使いませんでした。
むしろ、本田健さんが使う「ライフワーク」とか「天職」という言葉を
主に使ってきました。

しかし、この「ライフワーク」「天職」という言葉は、
イマイチピンと来ないものがあります。
口当たりがよすぎるのです。

どういうことかというと、
この言葉そのものに、問題を提起する力がないのです。

「ライフワークでしあわせになろう」と言われて「そんなの嫌だ」って思う人は
ほとんどいないと思います。みんな、そうなりたいと思うでしょう。

「天職を探し当ててワクワクの人生を」という宣伝コピーを、
ソーストレーナーの皆さんはよく書きますが、
誰だって「天職を見つけて、ワクワクした人生を」
生きたいに決まってますよね。

でも、実際、ものすごくたくさんの人が、そうじゃない人生を歩んでいます。
いま、天職について、毎日ワクワクして、超幸せって人、どれだけいますか?
あなたはそうですか? あなたの家族はどうですか? 友人は?

みんな、天職について、ワクワクで生きてますか?

そうなら素晴らしいですが、そうじゃない人の方ははるかに多いはずです。
だったら、疑問に思うはずなんです。

「天職? そんなもの本当にあるのか?」
「ライフワーク? そんな夢みたいな話…」
「才能のある幸運な人だけでそ…」

本当は、こういったいろんな思いがあるはずなんです。

だって、天職を見出した人どころか、
天職やライフワークを本気で追求している人すら殆どいませんから。
口当たりの良い言葉で終わってしまってるんですね。

ところが「魂レベルの奉仕」は、微妙な苦味が含まれています。
だから、心のなかに引っかかるんです。
もやもやっと、イライラっと。

この言葉には問題を提起する力があるんですね。

さて、なんでこの言葉を聞くと、いろんな疑問が出てくるんでしょうか。
それは「奉仕」という言葉に秘密があります。

そもそも「奉仕」とは何か?
意味を辞書で引くと、こんなふうに書いてあります。

1 神仏・主君・師などに、つつしんでつかえること。「神に―する」
2 利害を離れて国家や社会などのために尽くすこと。「社会に―する」
3 商人が品物を安く売ること。「特価で御―しております」「―品」

さて、こういうとき、言葉の定義に戻るのに、
一番使われるのが辞書ですよね。
ところがなんと、辞書すら適切でないことがあるんです。

現代日本語には「元々はこうだったが、いまはそれだけじゃない」
という言葉がたくさんあります。

というのも、日本は外国から諸概念と共に多くの外来語を輸入しましたが、
その多くを、昔からある日本語に当てはめたわけです。
翻訳、というのはもちろんそういうものですが、
これによって、日本語の多くは、二つの意味を持つようになったのです。

辞書で書かれている「奉仕」は、「昔から伝わってきた意味」での「奉仕」ですね。
でも、今の高度資本主義社会においては、もう一つの重要な意味があります。

それは「サービス」です。

これは、3の意味があったからということもあるでしょうが、
現代の日本の産業の中で、「サービス」業というのは、
もっとも大きな範囲を占めている業種ですね。

この「サービス」を日本語に訳すと、何になるでしょうか?

service
貢献, 尽力, 奉仕, 働き, 功労, 有益[専門的]な活動, 奉仕事業

なんと「サービス」=「奉仕」なのです。
つまり、多くの「サービス業」は「奉仕業」と訳せてしまうんですね。
ここで、重大な解釈の乗り換えが起こってしまいます。

つまり、「サービス業」→「奉仕業」→「奉仕(の古い意味)」となってしまい、
「サービス業」=「利害を離れて尽くすこと」に、
日本ではなってしまっているんですね。

ちなみに、サービス業=第三次産業のことですから、
農林水産業および製造業を除いた、すべての産業を
サービス業と、現代日本経済は定義しているわけです。

ということは、みなさんのしている「仕事」の殆どは
「サービス業」なのです。
これが「奉仕」だと、定義付けるからたいへん厄介なことになります。

日本人の古い意味での「奉仕」は、「無償」という意味を含んでいました。
「利害を離れて」というのはそういう意味ですからね。
だから、日本人は仕事を「聖なるもの」と捉える傾向が強いのです。

お金のために働くのではなく、
社会のため、人のために働くのだ、という思いがそこにはあります。
これ自体は、決して悪いことじゃありませんね。

だからこそ、日本人は世界中から驚かれるサービスを体現できたのですから。

ところが、経済システムの中では、仕事はあくまで「商売」です。
お金が当然関わってくるわけです。

ところが、「無償」こそ尊いという思いがありますから、
お金をもらうことや、お金そのものまで軽蔑してしまいます。

「お金のためにやってるんじゃない」と怒ってみたり、
「お金のコトばかり考えている」と他者を否定するのは、
「お金=悪」という観念が根底にあるからなんですね。

この「お金=悪」という観念を、日本人の中に植え込んだのは、
相当古い時代の名残で、儒教思想に行き着きます。

儒教って?

簡単に言えば「孟子」とか「孔子」とかが説いている倫理学のことです。
なにがいいとか、こうすべしとか、そういうことですね。
儒教や儒学からは、日本人も強く影響を受けています。
「子曰わく…」といって、引用する経営者や校長先生も未だにいます。

ここに、非常に強く入っているのが「清貧思想」なのです。

義を重んじる人、すなわち正義や仁義を重んじる、徳の高い人が賢者で、
利を重んじる人、すなわち、損得を考える人は軽蔑すべき存在だ、というのです。

ところがこれが、どんどんシンプルナイズされて
「内面性の高い立派な人は清貧で、お金に関わる人は愚か者」
になってしまいます。

当時は大多数が貧困で、ごく一部の人が豊かでしたし、
しかも成功した商人なんてごく一部ですから、嫉妬の矛先として
富裕な商人をスケープゴートにしたいという思いもきっとあったでしょう。

実際、富裕層から為政者への贈収賄、汚職とかが頻繁に起こり、
時代劇の「悪代官と庄屋」のごとく、
富裕な商人のイメージはどんどん悪くなっていきました。

孟子や孔子は必ずしも、そういう意味で教えたのではないと思うのですが、
後世の人々は、自分たちのネガティブな感情を投影し、
「清貧(農民)=善」「富裕(商人)=悪」と
理解し、深く刻み込んでいったわけです。

まさか全ての人が、
お金を受け取って生きる「商人」になる時代が来るなんて、
第一次産業中心の当時の人達は思いもしなかったでしょう。

大昔放ったブーメランが、今私達に返ってきているのです。

このあたりのことは、
「ファーマーズ・メンタルブロック」という記事に詳しく書きましたので、
興味のある人は読んでみてください。

ファーマーズ・メンタルブロック

この儒教思想というのは、日本人だけじゃなく、韓国人や中国人の中にも
「お金=悪」という観念を埋め込んでいますから、そうとうに根深いです。

中国のビジネスはよく「独特だ」といいます。

要するにビジネスの取引において、
中国の商人はしばしば(もちろんみんなじゃありませんよ)、
平気で嘘をついたり、ごまかしたりするんですね。

私も、輸入販売の仕事をしていたときに、ハマったことがあります。
以来、中国や香港からは一切仕入れをしなくなりました。

なんでそんなことをするのかというと、「お金=悪」が「商人=悪」になっていて、
商売をしている人は、悪人じゃなかったら、やっていけるわけがないと思っていて、
だから、商売とは、悪いことをすることだと思ってるから、だそうです。

中国人の方が、日本語でブログを書いていたのですが、
それを読んではじめて「なるほど」と理解しました。

日本でも、本来「商人は悪人」というイメージでしたね。

一休さんの桔梗屋さんとかがいい例です。
偉い人には揉み手で取り入り、弱い人には無理を押し付け、
強欲でずる賢く、愚かで品性のない「たぬきおやじ」のイメージです。

別に、豊かな商人がみんなずる賢いわけではないはずなんですが、
一休さんの世界に出てくる商人は、みんなずる賢く、愚かな人物に
ステレオタイプ化されていますが、我々はそれを不自然には思いません。

一方農民は、武士や商人によって理不尽に苦しめられており、
貧困の中、出口のない苦しみの中から抜け出せない、
という罪なき清貧として描かれますが、こちらにも我々は違和感を感じません。

「清貧=農民=善」「富裕=商人=悪」だからです。

日本人は「農民はダメだが商人はもっとダメだ。なるなら武士」ということで、
公務員やサラリーマンになることがよいことだと定義し、
仕事=商売ではなく、仕事=奉仕(奉公)だと定義したのです。

一方、お金をもらう自分は商人で、下人だから、お客さんには頭が上がらず、
平身低頭で奉仕しなくてはならない。だから「お客様は神様」となり、
逆にお客なら、どんなにごねても、クレームつけても構わない、となるわけです。

中国と日本では、症状は違いますが、病原菌は同じなのですね。

日本人の多くがはお金を否定してしまう傾向がとても強いのは、
「仕事=奉仕」という概念が、拡大解釈されて、一人ひとりの観念を形成し、
それが、各々の宇宙を作り出しているためです。

このような、深刻な観念のミスマッチという、
非常に難しい問題をはらんでいるのが「奉仕」という言葉なのです。
だから、モヤモヤっとするのですね。

さらにこれが「魂レベルの」という言葉によって、
3次元ではなく、高次元の話になってしまいますから、
さらにわけがわからなくなるのです。

「魂レベルの奉仕」って…?

「奉仕」は「無償」だから…「無償」でできて、
しかも「魂レベル」で満足できるような「奉仕」って…?
「慈善事業」「ボランティア」をしろってこと???

見当がつかないと思います。

ちなみに「ボランティア」だって、元々の意味は「無償」だけを意味しません。
有償の「ボランティア」もまた存在します。

本来、資本主義社会においては、
奉仕(サービス業)≠無償≠ボランティア
なのです。

でも日本では。
仕事=奉仕=無償=ボランティア=善
という観念が、深く入り込んでいるのです。

だから、日本の従業員は長時間拘束されても、
長い通勤時間にも、組織の理不尽にも耐えつつ、
自分を捨てて、会社のために奉仕します。

その見返りに、源泉徴収によって、
税金や年金や保険を自分では収めなくてもよい仕組みと、
給与明細をもらうだけで、何一つ現金をみなくて済むようになっているわけです。

この仕組によって自分は商人ではなく、奉公人だという認識の中で、
矛盾を感じずに資本主義社会を生きていくことができたわけです。

今までは。

これはクワドラントの話ですけど、
「従業員」ゾーンのメンタリティから、
「自営業」「個人事業主」さらには
「法人」を経営するゾーンのメンタリティに変わるのは、
特に日本では並大抵のことではないです。

「お金=悪」が染み込んでいて、お金をニュートラルに扱えないからです。

ということで、「魂レベルの奉仕」というと、
非常にわかりにくいわけです。

では、こう言い換えたらどうでしょうか?

「魂レベルのサービス業」

なんだそりゃ。
いきなり、妙なイメージになりませんでしたか?
秋葉原のメイドカフェとか思い浮かびませんでしたか?(僕だけ?)

これほど「奉仕」と「サービス業」の間に、
我々の中には、隔たりがあるのです。
でも、いまの社会の中ではこの両者は同じ事を意味するんです。

ヒーラーもカウンセラーも錬金術師も陰陽師も、
この三次元で行う仕事としては「サービス業」なのですね。

でも、実際のところ、
ヒーリングやカウンセリングを「サービス業」って書くの、
ものすごい違和感ありますよね。

もはや、古い意味での「サービス(奉仕)」ではマズイのです。
だから、「奉仕」という言葉を、
次のように定義し直さないといけません。

————————————————————
サービス=奉仕とは、自分の能力を最大限に発揮することによって、
他者のために役立つことである。
————————————————————

これが新しい定義です。

そこには、無償とか、お金をもらっちゃいけないとか、
そんな意味はひとつもありません。
非常に、ニュートラルで、余計な物を一切含んでいません。

ここで語っている「魂レベルの奉仕」とは、そういう意味なんです。
一番いいのはこれが、3次元の仕事と一致することです。

3次元の仕事(商売)=魂レベルの奉仕

これが、我々がこの三次元で求める、自己実現の理想の一つですし、
それが望ましいと思うなら、自分の仕事・自分の商売の定義を、
以下に変更しなくてはなりません。

————————————————————
仕事=商売=魂レベルの奉仕
=高次元の自己と3次元の自分の共同作業により、
独自の能力を最大限発揮し(自己実現)、
ワクワクと共に他者に役立つ活動をし、収入を得ること
=生業(なりわい)=天職=ライフワーク
————————————————————

これが、私が言う「魂レベルの奉仕」の厳密な定義になります。
こうならないと、自分の大好きなこと、すなわち、天職、ライフワーク、
要するに「魂レベルの奉仕」を生業にすることはなかなか難しいです。

なぜかというと、「魂レベルの奉仕」をすればするほど、
お金がどんどん入ってくるので、「奉仕=無償」と思っていると、
ものすごく苦しくなってしまうから、続けられなくなくなってしまうんです。

もちろん従業員として、会社や組織に属したまま、
「魂レベルの奉仕」をする人もいます。

でも、既存の会社が不況で経営を圧迫され、
人口も減少傾向で、日本経済の先行きの見通しも立たない中、
不安を感じている人は多いはずです。

だいたい3次元の会社や組織の殆どは、魂レベルの活動を行うには、
あまりに縛りが多すぎるのです。
ハイヤーセルフの意志より、社長の意思を優先しなくてはなりませんから。

結局、独立して、個人事業主になったり、会社を起こしたりし、
自分の自由に出来る環境が不可欠になるでしょう。

しかし、お金を直接扱わねば、ビジネスにはなりませんから、
お金が嫌いで数字を見るのも嫌だというなら、
どれだけ好きな事でも、仕事にはならないんです。

もちろん経理を人に任せることは可能です。
しかし、最大の問題は、そこではないのです。
自分の仕事に自分で値段を付けなくてはなりません。

ここが、一番抵抗を感じる部分になるのです。

だから、「趣味は仕事にしちゃいけない」とか言われるんですね。
「お金=悪」のままだと、
好きなことまで嫌いになってしまいかねないんです。

これが、世の中の多くの人々が、
魂レベルの奉仕を生業(なりわい)にできない、最大の理由です。

逆に「お金=善」でも、バランスを欠きます。

「お金=悪」と定義付けて、学生運動を起こした団塊の世代には、
バブル時代に「お金=善」にリバウンドして、
豊かさを「外車を乗り回し、ブランド物を買い漁ること」と勘違いたあげく、
投資に失敗して破滅し、「お金=悪」に戻った人が大勢います。

「お金=エネルギー」が一番ニュートラルです。

あなたの宇宙の定義はいかがでしょうか?
「お金=悪」でしょうか。それとも「お金=善」でしょうか。
それとも、「お金=ないほうがいいもの」でしょうか。

いずれにしても、あなたの定義、観念が、
あなたの経済と自己実現の状況を生み出しています。

それがもし、自分の望みとは違っているなら、
望みにあった定義を選び直してみてください。
私自身、自分の定義を再選択するのに、大変苦労しましたが、
変えることができてからは、現実がどんどん望みの形に変わりました。

もし、苦労が嫌なら、直子のワーク受けると特急です♪(悔しいですけど)

お金の面では、ものすごくたくさんの古い信念・定義があるので、
この文章を読んでもかなりイラッとくると思います。
でも、よくよく自分の内部を洗いなおしてみてください。

あなたの現実は、あなたが心の奥深く信じているものを反映しています。
あなたが、そう望むのであれば。

では、また。

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