オリジナリティとは

Mozart in the rain

オリジナリティとは何だろうか。

一般的に考えられているオリジナリティとは、「独自性」すなわち、全く他者の影響を受けずに、自分だけの力で創りだしたもの、と定義されている。しかし、これは明らかに非現実的な定義だ。人間は常に、何者かに影響されているからである。

オリジナリティとは、「アイデンティティ・自己同一性を表現していること」と定義したほうが適切だろう。

全くの無から有を作り出すことは不可能だ。

自己という中心軸、自分自身という中心を確立し、その中心を表現するためにさまざまな素材を利用する。素材はすでに今まで存在していたものだが、それが他にはない自己を中心に組み合わされると、独自の表現となる。

では、自己の中心軸とは何だろうか。

それは自分自身の中にある定義・信念の体系であり、世界観であり、価値観である。好ましいと定義付けたものを、自分だけの世界観に当てはめて、好ましく創り上げる時、それは他にはない唯一無二になりうる。

逆に、素材をいくら真新しいもので揃えても、中心が他人のマネだとすぐに露呈する

中心軸をオリジナルに構築するのを、三次元的にやろうと思えば、膨大な知識と経験を積むか、類まれな環境(これを多くの人々は才能と誤解する)が必要になる。しかし、本来このような天性とは、ハイヤーセルフから来るエネルギーを元にしている。天才とは、若くしてこの通路が開いている人のことである。しかし後天的に開くことも可能だ。

スピリチュアルな進化とは、ハイヤーセルフとの道を開くことであり、それは天性の才能を覚醒されることと同じことを意味している。それはすべての人が担っているものであり、誰でも開くことのできるものだ。必要な段階を経る決意さえすれば、誰でも開くことができる。

すべての人は天性を担っている。天性のない人間とは、魂のない人間と同義である。意識を失い、肉体のみを残し、魂は自由に地球上で活動をしている稀有な人々(「植物人間」とあなた方が定義している状態の人々)を除けば、すべての肉体は天性を表現しうるのである。

技術やスキルでオリジナリティを競い合っても、時間と共にあっという間に古びていく。独自のものは独自ではなくなっていく。すると、また次なるものを創りだすという自転車操業的な創作に陥ることになる。一部の成功者と、大勢の失敗者に立て分ける構造だ。

技術やスキルは素材集なのだ。多くの人々が、オリジナルな自己を表現するために引用されるべきものであり、それを開発し、進化させることは大きな公共の利益に繋がるのであって、そこで成功者と非成功者を分けるのは、本質とはかけ離れている。

もし、自分に才能がないと悲嘆しているのなら、自力でなんとかしようとするよりも、他力本願になることである。自分を通路にするのだ。内部の自己(ハイヤーセルフ)を顕現させるための環境づくりを重視する。ネガティブな定義、信念を手放して、ハイアーセルフとの回路を太くしていく。軽くなればなるだけ、直観や思考が生き生きと語りだし、歌い始める。それをただ写す。

モーツァルトの音楽に、苦心や苦労の跡はない。ただ、頭の中に響く音楽をそのまま素直に書き写しただけである。彼の頭に音楽を響かせたのは、ハイアーセルフである。ピアノを弾き、楽譜に書き写すスキルだけが、彼に必要なものだった。その膨大なエネルギーが富となって戻る前に、我と執着による焦燥感が死に至る病を引き起こしたことも、後世の創作者にとって大きな教えである。

才能を私物化しようとすると、エネルギーのうっ血が生じるのである。

ハイヤーセルフのエネルギーはもっぱら公共の福祉である。自分の利益を一時忘れて、創作の楽しみに情熱的に没頭すればよいのである。そうすれば、そのエネルギーはいずれ宇宙を回り、地球をめぐって、自分のもとへと帰ってくる。それを信頼して待っていれば、飢えて死ぬことは決してない。送り出した以上の富が戻ってくる。そこまで待てるかどうかだ。

これが錬金術の極意である。

創作が苦しいのは、自分自身をハイヤーセルフに委ねることに、自我が反発するからである。「自分が!」という我執が、空になることを拒絶する。自我が世界の中心だと主張する。内的天動説だ。ゴリゴリ努力し、苦労し、苦痛に耐えるのが芸術家であり創作だと定義する。

内的地動説で創作する人は、軽々とやってのける。

自我や我執を手放して創作する人は、スキルを磨くことも、努力という感覚ではなく、時を忘れて楽しみながらいつまでも好きにやっている。どれだけでもやっていられる。力を入れないから疲れない。尽きることも枯れることもない。ただ出て来るエネルギーに委ねて、爽快に創作を続けられるのである。

最初の問いに戻ろう。オリジナリティとは何だろうか。それは意識するまでもない。あなたの存在自体がオリジナルなのである。あなたが「私」と呼べる存在は、あなた一人しかいない。これこそあなたがオリジナル、唯一無二のかけがえのない存在であることの証なのである。

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