錬金術による「執念の解放ワーク」のご案内です。
このワークは、私自身が残酷性、残虐性の癒しを受けるなかで感じた、人間であること、肉体があることの気持ちよさをみなさんと分かち合いたいと願い、創ったものです。
開発の経緯と願い
残酷性の癒しに参加したあとのある朝、私は、子宮が痛くなり、生命が消えて行くような感覚になりました。その時、夫から陰陽師ワークを受けた後、内的な整理が進みさまざまなイメージが浮かんできました。特に、長い歴史のなかで抹殺されていった種族の無念さと、どうやっても「血」を残したいという本能を感じました。
自らの種族だけが存続し、繁栄するためには何をしても構わないという暴力的なエネルギーやそのエネルギーに侵された側の憎しみや悲しみを伴う生きることに対する執着、生きられなかったことへの恨みなどの執念的なエネルギーを感じました。
このような侵す側と侵される側の出来事は長い歴史のなかだけでなく、日常的に行われていることなのかもしれません。そしてそれは無意識レベルの蓄積やトラウマとなって私達が自由に望むことや楽しく生きることを阻む、不自由な状態の原因になっているようにも思います。私達人間のもつ欲望が執着・執念と結びついた時に自他共にバランスを失った生き方になってしまうのではないでしょうか。
欲望や欲求は本来、中立なものだと思います。ですので、欲求や欲望を抑えるのではなくニュートラルにとらえ、人生を慈しみ、愛を与え受け取ることの素晴らしさをシェアするために「執念を解放するワーク」でお手伝いをしたいと思います。
執念とは
執念とは、過去に対するこだわり、囚われ、トラウマなど自分の体験や経験から縛られているような状態です。また執念は欲求、欲望をニュートラルに捉えることが出来ない状態をつくります。異性、お金、子ども、親、仕事、権力などや特定の人、特定の物、特定の環境に対する欲求(安全、承認、制御)をコントロールできずに、バランスを崩した状態でもあります。
このコントロール出来ない状態での自覚症状としては大きくは以下の2つに分類することができます。
・手放せないこだわりや欲望がある
・こだわりや欲望がまったくわからない、なにもかもがどうでもいい
この2つ目の「どうでもいい」という状態は、欲求を極度に感じられないということです。こちらも根底には、欲望を表に出してはだめだという恐怖がこだわりになっているのです。こういう場合、バランスを失ったままですと何かのきっかけで突然スイッチが入り、お金や特定の人、物などに固執してしまうことが考えられます。
このワークで目指すもの
肉体の細胞レベルで執着している念を解放に導きます。執念を解放をすることで心身ともに穏やかな爽快感を受け取っていただけます。特に、フェロモンと欲望を司る第二チャクラが活性化し、相反するエネルギーのバランスを整えます。
それにより、以下の効果が期待できます。
・素直で柔軟な感情表現を豊かにする
・欲望をニュートラルに捉える
・男性性と女性性のバランスを整える
・柔軟な考え方と行動ができる
・思いやり、いたわることができるようになる
・もういちどやろうという勇気を行動に出来る
・肉体的、精神的な回復力がアップする
・夫婦や恋人との関係、職場での人間関係の改善
そして、執着を解放することでいままで気づけなかった視点への覚醒を促します。
・人生の悦びに目覚める
・愛を与え、受け取ることの喜びに気づく
・人生を全体像、広い視点から宇宙的に捉えることができる
以上が、執念を解放するワークをご提供する目的です。
料金と施術方法
11,000円
完全遠隔*通話セッションなし
・完全遠隔での施術時間は15分程度ですが、個人差があります。
・施術後、随時サポートを1日〜2日間行います。あらゆるヒーリングと錬金術の手法を使い、必要に応じたエネルギー調整をさせていただきます。
確認事項
・錬金術によるワークですので、キャンセル・返金ができません。申し訳ありませんが、ご承知おきください。
・精神的疾病で現在投薬を受けている方、または、通院はしていないけれども非常に不安定だという自覚がある場合は、お受けできません。
・お申込みにあたっては、ご利用規約を一読ください。
・このセッションにはフィードバックメールなどはついていません。ワーク後、施術内容や変化についてなどご質問がある場合はコンサルテーションをお申込み下さい。メールでの対応は行なっておりませんのでご了承下さい。
お申し込み
ご感想
母を許せないという気持ちがどうしても手離す事が出来ず受けてみました。
あんなに固執していたのに今はどうでもいいような気持ちです。
本当にありがとうございました。
「自分の欲求をニュートラルにとらえる」というご案内文に魅かれたこともあり、どのような変化が自分自身に観察されるか、楽しみちょっぴり、こわごわ大半といった具合で臨みました。
結果、とてつもなく癒されました………。
自分自身では「解決済」のハンコを押していたはずだった母親への自分の思いが、まさかこんなに冷え冷えと凝り固まっていたものだったとは、でもそれがゆっくり、スッとほどかれて、この上なく母に感謝することができました。
自分自身を信じて、コチラのワークをお願いすることができたようです。もう執念に執着していることから卒業したかったのかもしれません。
でも実際、申し込みしようとフォームに書き込んでも、PCが固まったり、文字が急に打てなくなったり、PCの再起動にやたら時間がかかったりで、正直どうしようかビビりまくりました。こんな抵抗あるんかいと、こんな自分こわがっているのかと、自分事ながら信じられずギリギリまで迷いましたが、えいやっとお願いすることができて本当によかったです。
わたしは母への要求・欲求がとてつもなくあったんだな、貪欲だったんだな、それが自分の要求どおりには満たされずにすごく悲しい突き放されたような気持ちでいたのだなと気づかされました。母をこれまでずっと責めまくっていましたが(そのようです)、はじめて母の側に立つことが出来、「母は母だけども、ひとりの人。子育てはわたしがはじめてのこと。右も左も、正解も不正解もわからない難題に日々必死で取り組んできてくれたんだな。投げ出さずに向き合ってきてくれたのだな。下手でも点数わるくてもなりふり構わず、わたしを育ててきてくれたんだな」という思いになり、それを一方的に責めずにはおれなかった自分自身を振り返り、申し訳ないのと同時に底知れない母の愛に触れることができ、感動と感謝がこみあげてきました。まさかこんな日が来るとは思わず、本当にありがたいです。ありがとうございます。
母のことは永遠にわからない。自分とはまったくちがうひとで意味がわからないし、わかりたくもないと割り切ってさみしい思いをしてまいりましたが、ある意味であきらめず執念でここまで来てよかったです。どっと心のつかえがとれました。
ありがとうございました!
大石さんに感想をお送りしてその翌日、なんと母と急に会うことになりました。感想で書かせていただいたことを、母に直接伝えることができました。それだけでも自分の中ではものすごいことで、こんな機会がこの人生であるなんてと、またしても癒される思いで感動しました。
母にとっても驚きだったようです。あんなことを言われるなんて思わなかったと、あとでLINEがありました。わたしや弟は「パパママにとって宝物なんだからね」と最後にあって、それが心に素直にしみ込んでゆくのを感じました。
母は言ってました。子育てなんていうものは、なにかを信じないとやってられない。それでこうだ、こうで正しいはずなんだと一生懸命やったはずなのに、どんどん子どもの心は離れていく、子どもの心と逸れていくのがたまらなかったと。
でもそんなことは一言だって漏らさずに、これまでわたしの母で、これからもわたしの母でいてくれるのだなあと思うと、もう言葉にもならない思いです。親ってすごいですね。わたしは自分の子どもは早くに死んでしまいましたので、育て続けてゆく感覚や感情、苦労の程は推し量れませんけども、それだけに深々と打たれる思いがいたしました。
コチラのワークをいただいて、母に直接思いを伝えることまで実際にできて、もう奇跡だと思います。
何度も感想をお送りしてすみません。
でもどうしてもお伝えしたくて。
ありがとうございました!