プロフィール

2013年ロンドン

・Naoko Oishi
・三重県在住

田舎育ちなので自然崇拝の思想が生活の一部、という環境でした。小さい頃から山や空を見て一体感を感じていました。

薪でお風呂を炊いて火を見つめたり花や虫と一人遊びをするのが大好き。
昼間の月はお友達のように思っていました。
子供の頃から夕暮れから夜になっていく一番星が見える時間が泣きたくなるほど好きです。

その中で前世の記憶を空にみたことがあったり、夜の星にUFOをみたことがあったり、鮮明な夢をみたり、スピリチュアルな小学生でした。10歳ぐらいから詩作を始め、自己ヒーリングに活用していました。

両親が古神道系の信仰をしていたので、癒しを行なったり祝詞をとなえたり。地域のお寺ではお経を習ったり。産土神社で巫女の舞を習ったり。どれもこれも、大好きでした。

中学生の時に、引きこもり・登校拒否になりました。これはシャーマンとしてのイニシエーションの始まりとも言うべき霊障でした。夏の出来事なのに灰色の映像としてしか記憶にない時期が長く続きました。(数年前にこの体験の意味を知り、その闇を解放することができました)その時、両親の愛とヒーリングでサポートしてもらい、「こんな自分はやめよう」と決意し、2ヶ月後には登校に至りました。

この決意の意味は、シャーマンとして覚醒することを自分自身で切り離したことなのだとのちのシャーマン覚醒時(2010年)に知りました。それを出来るのは力あるシャーマンだからだと教えてもらい、自信を持てるようにもなりました。

しかし、それからも霊界へ早く帰りたいといつも思っていました。ここ(地球)にいても仕方がないというような気持ちでした。ある時「いつか人は死ぬことができるのだから、それまでこの命を楽しんで生きよう。死ぬ瞬間まで生きよう」と自分のなかから湧き起こる気づきがあり、変わりました。

高校時代も自律神経失調症としての霊障がありましたが、これは両親から自立するために起こったことでした。古神道系の導師のもとで修行し、結婚までの期間、ヒーリングや祈り、礼節と奉仕、仏教美術、瞑想などを学んぶなかで、自分を確立することが出来ました。トイレ掃除に没頭したのもいい体験でした。

二十代になりカルマの解消をすべく、恋愛・失恋を経験しました。失恋後は、独立した女性になろうと決意。

そのとたんに、運命のパートナーと出会いました。

結婚、出産、家族

夫と出会い、はじめて心と体が融け合うことを知り、幸せな結婚の日々を過ごしました。

婚姻後、時を重ねるたびに、ますます愛が深まり、「愛とは信頼すること」を確信する毎日でした。

私達夫婦のもとに生まれてきてくれた5人の子供たちに愛され、許され、母親として育ててもらっています。下の子供達は、岡崎・自然なお産の吉村医院で宇宙出産と野性出産で生まれました。本来の女性力を鍛えたことで、お産のたびにエネルギーが開かれていきました。

その後、長年共に活動してきた魂の伴侶・最愛の夫の死を経て、「真実の愛」「死ぬ瞬間まで真の自分を生きる」ことを享受する事ができるようになりました。そして、生と死を超えた夫婦のつながりで、宇宙と地球の進化貢献に取り組み始めたことを悟りました。日本および世界の各聖地で儀式を行ったり、日常の中で無償のお仕事を行い、精進する日々です。

私にとって家族は覚醒に欠かせない、愛し愛されることを一緒に体験するチームです。現在も家族の理解と協力があり、お仕事をさせていただいています。

導者を目指して、プロとして活動をはじめる

四子出産後、子供の時から考えてきた自分の使命をどうやって見つけていけばいいのかと模索していました。そして、翌年、私の人生の目的は霊的覚醒をお手伝いする事であり、敬愛できる指導者や仲間との出会いによって叶うのだと確信を得た瞬間を体験しました。

私にとっての霊的覚醒とは、自分が本当に行いたいことを実現し、その姿が周りの人を幸せにしている状態のことです。私は、この世界は霊的世界と物質世界の両面で成り立っているため、霊的な技術を身につけるための導きが必要だと子供の頃から知っていました。ですから、霊的覚醒をお手伝いするためには、ヒーリングだけでなく、独自の能力を開くことや霊的な技術をその人が学ぶことが必要だと思ったのです。

その頃、スピリチュアルティーチャーである朝倉さんとのご縁と自分の使命の意味が繋がり、私はその人に必要な霊的技術を教え、導く仕事がしたいのだと初めて思い至りました。学生時代からの小中高生に対する育成経験やシニア層へのガイダンス経験、育児経験から、教える役割からのほうがもっと深く学べることを理解していました。導くことを仕事にすれば、自分が死ぬまで学び、成長し続けたい願いも叶うのだとわかりました。

自分の行いたい技術がすべて形になっていると直感したリーブスの技術を学び、まずは自己覚醒をサポートするプロとしての活動を2008年に開始しました。自分の人生での経験をヒーリングとして活用できる技術に出会えた感動は今もずっと続いています。自分の好きなことを仕事として実現している幸福感を持ち、学びを進めている毎日です。

名古屋で七年間生活をしていましたが、ガン術後の実母と同居するため三重県の実家での田舎暮らしが始まりました。それは、私がシャーマン覚醒をするために必要な出来事だったのでした。

第五子出産三ヶ月後に同居していたガン療養中の実母を看取る体験をしました。きょうだい間の問題が露呈し、霊障を感じたことがきっかけとなり、マヤの時代から何重にも封印していたシャーマンとしての覚醒を決意。辛さもあった時期でしたが、その経験をカウンセリングなどに活かすことが出来、きょうだいからも応援してもらうことができました。今となってはすべてに感謝でしかありません。

その後、レムリア時代の錬金術的な叡智で、青い石を使って生み出すことをしていたことを思い出し、かつて龍使いとして生きた時を思い出し、この時代に生まれてきた意味を見出したことで、さらなる自由を感じていきました。

2011年にスピリチュアルトレーナーとしての活動が始まり、ヒーリングをご自身で行いたい方への各種講習を開催してきました。導者になりたいと願ってから3年後に現実し、2012年よりさらに活動を広げる流れになり、現在に至ります。

生活に根ざした霊的覚醒のサポートこそが喜び

プロとして活動する前から、気がつくといつも人生の転機を迎える方が、私の存在を求めて下さいました。それは私が「覚醒」が大好きだからかもしれません。覚醒とは、その人が転機や問題によって新しい自分に出会い、輝きが増すことだと思います。

私は、生きながら魂の世界を学びたいと子供の頃から思ってきました。目に見えない魂の世界は、実際の生活の仕方や生き様や環境に表れます。出会った方の現実世界が変化し、自分だけの特別さで生きようとした時、私はその人の魂が輝いているように感じます。このように出会った方のサポートを行うことこそ、私の喜びなのです。

いつしか「こうなればいいな」と思うことが、つぎつぎと実現するようになっていました。お金や仕事に苦しかった時に願ったことです。自分の喜びを感じる仕事に出会い、様々な体験と学びを進めることが豊かさの源泉になってきたのだと思います。

本来のスピリチュアルは、生活に根ざした霊的覚醒です。その為のサポートを日々行なっています。

経歴

思春期から今までの学びは…、

シュタイナー神秘学、斎藤一人さん、応用心理学講座、大本教関連の学び、古神道系の導師からの学び、仏教美術、バシャール、エンリケ・バイオス、本田健さん、河合隼雄さん、ソースワークショップ、セドナメソッド、NLPワークなどなど。

その後、ヒーリングをリーブス(2008年〜)で学びました。エネルギーワークでこれまでの自分の経験がすべて活かされています。プロとしてお仕事を始めてから、有料ワークでお手伝いした方はのべ11万名以上になり、おひとりひとりの覚醒をお手伝いしてきました。特に、その人独自の能力覚醒に定評があります。

また、のべ6万名以上の受講生に、ヒーリングや錬金術などの技術を講習でお伝えしてきました。だれでもできるようになる、丁寧な個人指導を行うため「わかりやすい、楽しい」「まさにこれを使いたかった」と喜んでいただいています。

現在は、講習や指導をメインに活動しています。自分と家族のために受講する方、プロのセラピストだけでなく医療職、研究職、教育職、IT職、経営者、起業家、投資家、宗教家、芸術家、音楽家、子育て中の方など、さまざまな方への伝授、講習を行ってきました。

完全遠隔ワークも気楽に受けられるのに効果が高いと、リピートくださる方が多く、感謝の日々です。今後も、誠実なお仕事が出来るプロのヒーラーや指導者の育成と指導、ご縁のある方や私を求めてくださる方への覚醒や開放、変容ワーク等、お話を直接お聞きしての講習や個人セッションのご依頼を継続してお受けしていきます。

お手伝いした方が様々な分野で活躍し、どんどん覚醒する姿が一番の喜びです。

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略年譜