| ウォーク・ドント・ラン (1981年 講談社) |
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村上さんは、村上龍を、同時代の、また同じ座標軸を介して対照的な作品を書く作家として、強く意識している。これはデビュー以来変わらないようである。とりわけ、最近は「暴力」という座標軸に村上さんが近接していることもあり、村上龍からも当分目が離せそうにない。 この本には、その村上龍との対談が収めている。未読。 |
| 村上春樹、河合隼雄に会いにいく (1996年 岩波書店) |
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中身の分量自体はそれほど多くはないけれど、村上春樹側からも、また河合隼雄側からも、これほど中身の充実した対談集はないと思う。特に、『ねじまき鳥クロニクル』を理解するに当たって、この中で率直に語られている村上さんの舞台裏を知ることは、きわめて重要かつ有効であると思う。必要不可欠と言ってもいいかもしれない。また、個人的には、この本が河合隼雄先生の甚大な書物に触れる契機となったという点で、とりわけ大きな意味を持ってもいる。 ここで、河合先生のことを少し書きたいと思う。と言っても、僕が系統だって読み込みだしたのは、前述のようにこの本を入手してからなので、まだまだ未読は山のようにある。現時点で僕が読んだのは、『心の声をきく』『ユングの生涯』『物語とふしぎ』『イメージの心理学』『ファンタジーを読む』『宗教と科学の接点』『カウンセリングを考える(上)(下)』『カウンセリングを語る(上)(下)』『とりかえばや、男と女』『働きざかりの心理学』といったところで(かなりむちゃくちゃな順番だな(^_^;))、まだまだ氷山の一角と言った感じではある。それでも「心理治療家」という本質的なバックボーンは全書共通しており、さまざまな視点から徹底して同じことを語られていると捉えれば、これだけでも先生の生きる有り様は十分理解できる。 ところで、これはたまたま見た朝日新聞のコラムに載っていたものだが、河合先生が心理治療家となるに至った「なれそめ」は次の通りである。 河合先生は、もともと心理学とは無縁の数学屋で、京都大学理学部を卒業され、高校の数学の教師になられた。ところが、そこで学生の進路指導などと関るうちに、人の人生を左右する「指導」ということについて、より深く知りたいと思うようになり、大学院などで心理学の勉強を始められた。そしてアメリカに留学して、ロールシャッハテストの勉強をされているときに、ユング派のシュピーゲルマンという先生から心理分析を受けることになった。 その時の初回夢が不思議なもので、「ハンガリーのコインだと思って拾い上げたら、中国の仙人の像が刻まれていた」というものだった。それを分析したシュピーゲルマン先生は、「君は東洋と西洋の思想の間から、素晴らしいものを生み出す世界的な仕事をするだろう」と言った。そしてさらに分析を進めるうちに、「ドイツのユング研究所に行け」と熱心に勧められ、(半ば渋々)行くことになった。ところが三年後、ユング研究所の「卒論」で日本の神話について書いたものが評判になり、日本人初のユング派分析家として資格も得ることができた。こうして心理治療家としての道筋が開けていった(というか、しむけられた)のだという。 僕はずっと、どうして数学屋だった人が心理治療家やるようになったんだろうと、不思議に思っていたので、普段新聞を読まない僕が、たまたまこの記事を見つけたときには、本当に飛び上がるくらい嬉しかったものだ。今でも大事にコピーして鞄に入れてある。 僕も(なんて並べるのも恐縮してしまうけど)理系から文転した人間なので、思考的な枠組みがとりわけよくわかり、すごいなと感心することしきりである。理系的論理構造の骨組と、文系的思想体験という内容物の一体化がこれほどの強さと温かさを兼ね備えるというのは、やっぱりすごいと思う。それにしても、この人の語る言葉は、還暦を過ぎた方とは思えないほど新鮮で若々しく、朗らかで楽しいですね。 現在河合先生にはたくさんの肩書きがある。日本文化研究センター所長であるとか、京大名誉教授であるとか、ユング研究の第一人者であるとか、児童文学研究家であるとか、ウソツキクラブ会長であるとか、まあじつにいろいろである。でも、そういった多彩な活動の裏側では、「心理治療家」としての仕事をあくまで中心におくことを、謙虚に地道に守られている。逆に言えば、自身に課した厳密な守秘義務のため、心理治療家としてクライエントと暗中模索・七転八倒した経験を語ることができないからこそ、そこから得た智慧を、別の形で社会のために役立てたいという真摯な思いが、このような多種多様な書物となっているのである。その言葉は常に経験を離れず、抽象的な話で終わることがない。だからこそ、この説得力、なのである。 内容に関しては、とても一言二言では語れないので、興味のある方はぜひ読んでみて下さい。河合先生の書物を一言で言うなら、これは村上さんの言う「今を生きること」そのものを徹底してテーマにしていると思う。そして自身と社会にどのようにコミットしていけばいいか。その指針を、自分の中に見つけだしていく良き道しるべとなってくれるだろう。また、これも村上さんと共通する部分として「難しいことを、いかに簡単にわかりやすく書くか」というスタイルを挙げておきたい。それはいい悪いの問題ではなく、向かい合うスタンスの問題だと思うけれど、自己満足的な文章になりがちな僕にとって、これはぜひ学ばねばならない要素だと思っている。 それにしても、本って素晴らしいですね。だって一度も会うことなく、師として、その神髄に触れさせてもらえるんですから。 |
| 翻訳夜話 (2000年 文藝春秋・文春新書) |
村上さんと、アーヴィングの『熊を放つ』の翻訳以来のお付き合いという柴田元幸さん(東京大学文学部助教授)が、司会件パネラーのような感じになって、質問者も入り交じりつつ翻訳について交わされたこゆいお話がまとめられた本。4部構成になっていて、フォーラム1「柴田教室にて」は1996年11月、東京大学教養学部の柴田さんの翻訳ワークショップに村上さんが突発的にゲストで参加したときのもの。フォーラム2「翻訳学校の生徒たちと」は1999年11月、文藝春秋西館ホールにてバベル翻訳・外語学院(現BABEL UNIVAERSITY)の学生達100名と話しあわれたもの。「海彦山彦」では、レイモンド・カーヴァーの"Collectors"とポール・オースターの"Auggie Wren's Christmas Story"を、両人がそれぞれ「競訳」したものが収録され、それをテキストにしつつフォーラム3「若い翻訳者たちと」では現役の若手翻訳者6名と話し合いが持たれている。文中至る所に出てくる作家・作品に対する「愛」とか「好きだから」――という言葉から、やはり村上さんが翻訳に向おうとするモチベーションはあとにも先にも「敬愛」が原点なのだということがわかる。例えばフォーラム3の最後の部分で村上さんはカポーティやフィッツジェラルドの文章に関して次のように言う。「マスターピースに関して言えば勝てっこないもの」「だって、天才だもの、あの人たちは。天才というのは別モノなんです。空に浮かんだ星みたいなものです。ギャップがあること自体が逆に救いなんです」「文章なんか惚れ惚れしちゃうけど」「フィッツジェラルドは文句なしにすごいですね。汲んでも汲んでも滋味が尽きないというか」――まさにべた褒めである。しかも、カポーティは高校時代の英文和訳の参考書、フィッツジェラルドも同じような時期に出あっているわけで、それから五十を越えるまでずっとその思いは続いているわけである。フォーラム2で、村上さんは次のようにも言われている。「カポーティとか、フィッツジェラルドの文章があまりにも美しくて素晴らしいから、そういうものを前にして、自分が小説を書くというようなことは、正直言って考えもしなかったです。おそれ多いという気持ちが強かったから」。カポーティとフィッツジェラルドは、村上さんにとって永遠の導師であり、憧れなのだと思う。 R・シュタイナーは『いかにして超感覚的世界の認識を獲得するか』の「条件」のところで、次のように語っている。 「尊敬や敬意のような感情が認識に関係があるとは、はじめのうちは信じがたいであろう。それは認識行為が魂の中のほかのもろもろの営みとは別の特殊な能力であると考えられやすいからである。しかし認識活動もまた魂の行為なのであり、感情は魂にとって、肉体にとっての栄養分にも等しい存在なのである。もしパンの代わりに石しか与えられなければ、肉体は活動を停止する。魂も同様である。魂の養分としての尊敬、敬意、畏敬などの感情は魂を健全で力強いものにし、特に認識活動に活力を提供する。認める価値があるものを過小評価したり、軽蔑したり、反感をそれに感じたりすることは、反対に認識活動を麻痺させ、不活発にする」 つまり、「畏敬」「敬愛」の念こそ魂にとってもっとも必要不可欠な栄養源であり、そのような畏敬の対象の言葉を我を静めて「傾聴」することが、この「敬愛」の感情を汲みだすには最適の行法なんだ――みたいなことを言っているのだけれど、まさに村上さんの翻訳に向う動機・必然性は、作家としての自分にエネルギーをもらう「敬愛」「傾聴」の中に没入するためのものなのではなかろうか。だからこそ「共感」というものは、何をもってしても第一というか、そこがまず根元なのである。村上さんはテキストを慎重に選ぶと言われているけれど、それはこのような個人的な思い入れを感じるか否かが、翻訳をするうえで決定的だからである。 もちろん、カーヴァーなどに対する向かい方は敬愛というよりは、友愛に近い感じがあるけれど、基本的に作品に対する敬意がそこにあることは間違いないと思う。 また「翻訳とはものすごく手間暇のかかる読書だ」と言われているが、それくらい中に入り込んで読むからこそ、自分の中に大きな力づけというか、エネルギーが再生産されてくるのだろう。マラソンもそうだが、大変な辛抱のいることをおのずから求めてやるという行為は、それがフィジカルであろうとメンタルであろうと、極めて内的な行為になっていく。自我をどんどん消火、沈火させるという行為を積み重ねる中でエネルギーを得、そして創作という自我を最大限に拡大する行為に向う。村上さんはそれを「雨の日の露天風呂」と言われている。村上さんは今までもずっとそうやって自己のバランスをとり続けてきたのだろうし、これからもそうし続けるだろう。確かに作品を読んでも分かる通り、あれほど危うい領域に進みつつ、これほどまで地に足を付けた生き方をするためには、その創作活動を補ってあまりあるほどの「補完」が必要になってくるだろう。それが村上さんにとっては翻訳であり、走ることなのだろう。 ところで『スプートニク』で出てきた「理解は誤解の総体」という概念は、どうやら村上さんが翻訳をする過程で切実に感じたもののようだ。「翻訳というのは誤解の総和」であり、それが前提となって「誤解する自分の中の偏性(バイアス)」みたいなものをどこまで一貫した方向性というか個性として据えていけるかという部分が、とても大きいんだと言われている。この辺も、「珈琲店」の文章を書いているとき、すごく感じていたことなので「ほんとそうだよな」と思う。最初から「主観でいいんだ」みたいに開き直っているわけである。それはどこかで「結局どんな解釈だって、正解なんてものはないんだし、そういう意味ではみんな勝手に誤解しているわけで、それで何が悪い」という思いがあったからである。もちろん、そういった偏りが一方にあって、もう一方には作品に没我的に敬愛していくという方向と、その両方がうまいぐあいにいったとき、それは個人の単なる思い入れを越えて、周囲にも受け入れられていくものになっていくのではないかなと、そんなふうに僕は感じている。 『翻訳夜話』を読んでいると、村上さんが「翻訳者の仮面を付けた作家」みたいになってきて、まわりの「純粋な翻訳者」と、どんどん違いが明らかになっていくような感じを受ける。実際この本は翻訳を目指す人よりも、創作を目指す人に、より大きな学びを与えてくれる本なんじゃないかなと思った。『若い人のための短編小説案内』もそうだが、村上さんは小説を書くという行為については「語りたくない」といいながら、「翻訳」や「読書」を語るなかで、どんどん明かされていく「創作」の秘密が、僕には何より有り難く、面白く、わくわくしてしまう部分だった。なぜなら、村上さんにとってのカポーティやフィッツジェラルドが、僕にとってはまさに村上春樹その人なのだから。 最後に「カキフライ理論」。確か前にも読んだことがある言葉だと思うけれど、今回読んではじめてあれっと思った。これって、まさに今僕がしていることだったからだ。ちょうど『そうだ、村上さんに聞いてみよう』のコラムで書いたことが、そのままここに書かれていてちょっとびっくりした。「カキフライ理論」ってなんだ?という方は、ぜひ本書を読んでみてください。 |
| 遠い太鼓 (1990年 講談社) |
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この本を最初に見たのは早稲田の生協で、ずいぶんでっかい本だなあと怖けづいて、なかなか買えなかったことを思い出す(お金なかったから)。 これは1986年秋から1989年秋までの間、ギリシャとイタリア(特にローマ)に「常駐的旅行者」として長期間滞在中、身辺状況を題材に描かれた旅行記エッセイである。その間に、村上さんは『ノルウェイの森』、『ダンス・ダンス・ダンス』、『TVピ−プル』その他翻訳を出版されている。基本的にリアルタイムに書かれた文章なので、その時その時の空気というか、気持ちが良く含み混まれている。基本的にクロノロジカルに書かれているので、さまざまな断片の積み重ねの中から村上さんの地下水脈の変容が浮かび上がってくるのもおもしろい。 それにしても、これほど旅行というものに取り憑かれている作家も珍しいですね。どんなにひどい目に遭っても、うんざりしても、自宅に戻ってしばらくするとまた地図を広げてどこへ行こうか、なんて考え出すそうであるから、ビョーキも筋金入りである。ひょっとして村上さんは、前世遊牧民族だったのではないだろうか(って、安直ですね(^_^;))。 |
| 雨天炎天 (1990年 新潮社) |
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梅竹下ランナーズクラブのメンバーである写真家・松村映三さんとのコンビネーション。ギリシャ・トルコの旅行記で、単行本の方は写真集つきの豪華なもの(僕が持っているのは文庫のだけど(^_^;))。これは、『ノルウェイの森』が大ベストセラーになって、村上さんが極めて混乱していた時、日本から脱出と言った趣で、一カ月半ちかくアトス山とトルコの奥地をさまよったときの話。羊の肉ぜめにあったり、厳戒体制のバスに缶詰めにされたりと、かなりダイハードな旅である。でも、この旅行で肉体をぎりぎりにすり減らせたことが、精神的な疲弊と混乱をうまく鎮めることになったとも言う。 この本は『遠い太鼓』の一部と捉えて読むといいかもしれない。 |
| 辺境・近境 (1998年 新潮社) |
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村上さんはしばしば、自分のリアルタイムな状況や経過などを、旅行記という形で出してくれる。これはとてもありがたい。今までは、「作品(つまり長編)については、作品がすべてであって、あとでどうこういいたくない」的な考えがあって、後書きや解説なども一切付随してこなかった。これは、基本的に今でも変わってはいないスタンスだが、エッセイや旅行記(もしくは対談集)の中で、以前よりももっととらわれなく、自身の作品を書くうえで(あるいは書いたうえで)の意識化された内的変容などを明らかにしてくれるようになった。 これは、村上さんの作品群を「流れ(ストリーム)」として理解しようとするとき、非常に多面的かつ客観的な視点を与えてくれる。というのも、彼の作品は単純に想像力の上澄みで書かれたものではないからだ。もっと全人的に、それこそ霊肉ともにぶち込まれているものだけに、作品を書く前とあととでは彼の価値観や行動の有り様そのものが大きく変化するのが、小説以外のメディアからひしひしと、肌を通って伝わってくる。 彼は翻訳の解説の中で、しばしば「真摯」という言葉を使うけれど(恥ずかしながら僕は、この言葉を村上さんから初めて教わった)、彼もまたこのような高度消費主義社会の中で、少なくとも自己の作品に(そして文章に)対してだけは、真摯かつ誠実であろうと努めているのがよくわかる。 逆に、それを除けば、彼ほどくだらない冗談が好きで、投げやりで、頑固で、品のない人もいないんじゃないかという気もしないでもない。それはそれで、僕はすごく好きなんだけど(笑)。 さて、内容は「イースト・ハンプトン/作家たちの静かな聖地」、「無人島・からす島の秘密」、「メキシコ大紀行」、「讃岐・超ディープうどん紀行」、「ノモンハンの鉄の墓場」、「アメリカ大陸横断を横断しよう」、「神戸まで歩く」。メインはやっぱりノモンハンであろう(表紙にもなってるし)。 この中には、『河合隼雄に会いにいく』でも出てくる、戦場から持ってきた臼砲弾によってもたらされたホテルでのポルターガイスト現象(シュタイナーの言う「残留したアストラル死体(日本流に言えば自縛霊)」が、集合的無意識を媒介して、村上さんと共振したのであろう)のことが触れられている。言うなれば、因縁どっぷりの墓石をかついでもってきたようなものなのだから、そりゃ村上さんが悪い。でも、ものすごく怖かったんだろうなと思う。それは強烈に伝わってくる。僕としては、自分の命をもっと大事にしてくれ、と切に願うだけである。 「うどん」は、これはもう完全に「村上朝日堂」の文体である。ここだけ文章が違う(^_^;)。水丸さんがいると、それだけで自動的に「村上朝日堂」モードになってしまうのだろうか? クールな間抜けジョークも相変わらずである。それにしても、なんでこんな比喩とか思いつくのかなあ。 いちばん好きなのは、たぶんみんなそうじゃないかと思うけど、「神戸まで歩く」という散文である。「アンチ・クライマックス」な文章と彼は書くけれど、確かにそこには起承転結はない(あるけど)。ただ出発し、歩き、何かを見、感じ、考え、そしてどこかへ着く。その繰り返しだけである。でも、ここには、あの『風の歌を聴け』のナイーブなセンチメンタリズムが久々に流れている。なんとなく切なくなってくる。『羊をめぐる冒険』のラストシーンが心に浮かんでくる。 しかし、あの時とは決定的に違うものがある。それは「コミットメント」という姿勢だ。もはや失われた何かを、ただ失われたままにいるのではない。阪神大震災やサリン事件などに象徴される、ある目に見えない暴力によって傷つけられた「祖国」を前に、「僕に今、いったい何ができるか」というもっとも難しい命題を彼は常に持ち続けている。それは、心ある人々にとっては、己自身が抱えている切実な問い掛けである。だからこそ、その先の言葉に胸を打たれる。 「結局のところ僕という人間は、自分の両足を動かし、身体を動かし、そのような過程をいちいち物理的に不細工に経過することによってしか、前に進むことができないのだ。そしてそれには時間がかかる。惨めなほど時間がかかる。間に合えばいいのだけれど」 焦っちゃだめだ、と言い聞かせなくてはならないほどの焦り。それは、僕が今自分自身に言い聞かせていることでもある。彼のような大きな仕事をしている人間にとってすら切実な問題なのだとしたら、僕のように幻想だけが膨らみ、ちっとも現実が追いつかずにいらだっている哀れな若者にとって、これ以上の救いと勇気づけを与えてくれる言葉はない。 |
| もし僕らのことばがウィスキーであったなら (1999年 平凡社) |
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1997年に『サントリークォータリー』という雑誌に2号にわたって掲載された、スコットランドとアイルランドの旅行記をもとに、リライトされ、村上陽子さんの美しく印象的な写真とともに単行本化されたもの。タイトル通り、ウィスキーをテーマとした旅行記である。「前書きのようなものとして」にある「スコットランドのアイラ島に行って、その名高いシングル・モルト・ウィスキーを心ゆくまで賞味し」というのが前半で、「アイルランドに行って、あちこちの町や村をまわりながらアイリッシュ・ウィスキーを楽しもう」というのが後半である。たいがい旅に出ると何がしかトラブルに出くわすという村上さんだが、この旅に関しては「僕にしては珍しくトラブルのほとんどない旅だった」とのことで、文章自体もくつろいだ、和んだ感じである。またともすればほろ酔い気分なのかな?と読者も思わず微笑んでしまうような、村上さん独特の気取った雰囲気がある。 こんなことを書くとすごく失礼なのだけれど、写真などで拝見するかぎりおそらく村上さんを外から見ても、それほど「洒落た」雰囲気はなさそうな印象を受ける。でも、この文章を読んでいると、その内面というのは実にお洒落なのである。まるで気取った「貴公子」みたいだ。昔のエッセイで「僕はいつまでも男の子と呼ばれたい」といったニュアンスの文章があったけれど、この作家は50を過ぎたというのに、未だ「永遠の少年」的な元型を色濃く持っているように思われる。そのくせ、傍らにはものすごく頑固でしかめつらをした「オールドワイスマン(老賢者)」も厳然とつっ立っていて、両者が交互に文章に現れてくるから一筋縄ではいかない二面性が出てくるのだろう。概ね、このような旅行記やエッセイでは前者が、小説では後者がだいたい主導権を握っている。そしてその両者を橋渡しするのが、奇妙な冗談というトリックスターと、奥さんというアニマなのではあるまいか。 ところで、奥さんといえばもちろん村上陽子さんである。彼女の写真は「遠い太鼓」以来、村上さんのエッセイや旅行記にしばしば登場するビジュアルである。今回、改めてじっと彼女の撮る写真の景色を見ていたら、三次元の空間がまるでマティスの絵みたいに二次元的になっているようだな、と思えてきた。写真なんだから二次元に決まってるんだけど、そういう意味ではない(もちろん)。被写体とか背景とかの構成要素が区別され、ピントや被写界深度調整で順位付けられているのではなく、すべて平等に役割があると捉え、取ったり捨てたりしないよう、できるだけ中立的な立場から一枚の絵が撮られているように思うのだ。 少しでもカメラをやったことある人は分かると思うけれど、これって簡単そうですごく難しい。「おもしろいのが撮れたな」と思っても、現像してみると、何を撮りたいたのか分からない、漠然とした絵ばかりでがっくりする。よほどきちっと構図を決めないと、作品ではなく、単なるスナップになってしまうのだ。それくらいなら、多少凡庸でも、きちっと被写体にピンポイントでやったほうが、よほど作品らしく仕上がる。彼女はそういう難しいことを、結構自然にやってしまっているような気がする。眉間にしわを寄せながら風景をじいっと見つめ、カメラの位置決めに試行錯誤し、といった感じがあまりしないのだ。 「別に私は羊や牛や建物が撮りたいのではなく、この空間そのものの光や線が撮りたいだけヨ」とでも言われているような、視界が緩やかに広がっていくような、そんな自然で楽天的な感じがする。広角の風景だけでなく、マクロ撮影された花の写真からも、そんな広く均質でニュートラルな視線が感じられる。僕は以前、仕事で竹内俊信さんの写真を結構見る機会があったのでつい比較するわけだけれど、彼の美しく典雅な日本の風景写真からは、その作品の印象とは正反対に、自然の中にごんごんと入り込んでいって、強烈な意志でもって空間を削り落としてくる、ものすごくアグレッシブな写真家の印象をも、同時に受けてしまう。そういう男性ならではのベートーヴェン的ワイルドな意志も素晴らしいのだが、ラヴェルのようなクールでニュートラルな姿勢から切り取られる陽子さんの、緻密でありながらフレンドリーな箱庭も、僕はとても好きです。 というわけで、今回は村上さんの文章より奥さんの写真についての感想の方が多くなってしまいました。 |
| Sydney! (2001年 文藝春秋) |
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文藝春秋のスポーツ雑誌『Number』の取材で、シドニーオリンピックが開催されていた9/11〜10/3の3週間に村上さんが見聞きした現地レポート(シドニー日誌)を中心に、有森裕子さんや犬伏孝行さんの状況をノンフィクション風に書いた文章が冒頭に、河野監督・犬伏孝行さんと有森裕子さんのインタビューが末尾に収録されている。日誌は、毎日原稿用紙30枚近くもの分量があるので、400ページ以上の分厚い本になっている。「これほど短期間に、これほど大量の完成原稿を書いたのは、作家になって二十数年、初めてのことだった」と述懐されている。この中の一部は『ナンバープラス』というオリンピック別冊に掲載された。途中で、執筆用のパソコン(iBook SE)がホテルから盗まれたり、一日で1000キロも移動したりと、やっぱりいろいろ大変なことが起こっている。パソコンの盗難に関しては、ある種悟りの境地すら感じさせる淡々とした文章で、「慣れてるよな」と感心する。 最初に入っている、ノンフィクションタッチの部分は「おお、新文体だ」という感じでなかなか面白い。実験的だ。既存の村上作品には、こういう文章はなかったと思う。最後のインタビューは「アンダーグラウンド」や「約束された場所で」でおなじみだが、あれよりもう一段人物心理へのツッコミが深くなっている。しかし「シンパシー」という基調は、今まで通りだ。有森、犬伏という二人の「敗者(とりあえず)」の「失意」に視線を向け、そこに深く共鳴するところなど、いかにも村上さん的だ。 「もちろん僕は勝利を愛する。勝利を評価する。それは文句なく心地よいものだ。でもそれ以上に、深みというものを愛し、評価する」の言葉にそれはよく表れている。高橋尚子の談話を聞きながら、「その達成が文句なく素晴らしいものであったにも関わらず、話の中身がもう一つ腹にしみてこない」という部分もそうだ。そこには何か、語られずに置かれている何かがあると、村上さんは直感している。でも、それはあえて語られていない。そこに、納得のいかない何かを感じ取っている。そこに「深み」を求めるがゆえに。 中のレポートの部分は、ほとんど日記に近いシンプルな文体で、「遠い太鼓」等と 共通するものがある。が、はっきりいって、この部分の八割方は、村上さんが退屈して書いている文章なのである。別に文章が退屈というわけではない。オリンピックという、巨大な張りぼてに退屈しているのだ。だからそのままの時間制を保つために、「意味があるのか?」と首をひねってしまうような、長い長い文章の形で収まっているのではないかと思えてくる。 もちろん、その現場でしか味わえない、強力な一瞬が起こることが稀にある。それは誰が何と言おうと、文句なしに素晴らしい勝利の一瞬である。キャッシー・フリーマンのゴール直後などがそうだ。「このシーンを見るためだけでも、今夜ここに来た価値があったと思う」との言葉通り、「勝利」と「人間の深み」が奇跡的に一致した瞬間である。 しかしそれ以外は、基本的に仕事だからやっているけど、そうじゃなかったらまずやっていないたぐいのものである。あくびをかみ殺し、わき上がってくる疑念と無意味さを抑えながら仕事としてコミットを自身に強いるという、そういう内容になってしまっている(それを避けようと努力されているのはよく分かるんだけど)。どうでもいい話(コアラの生態とか、土地土地の成り立ちとか、道路事情とか、山火事とか)がかなりの部分を占めている。読んでて「あーもうチョー退屈」と、放り出そうかというぎりぎりのところで、その「奇跡的一瞬」がやってくるのだ。そういった意味ではとてもリアルではある(現実ってそういうもんだ)。 あとがきにある「帰ってきてビデオを見たら、自分は何を見てたんだろうとショックを受け、混乱した」という部分は、想像していた通りだったので「やっぱりなあ」と思った。僕の知っているオリンピック(テレビで観ていたもの)と、あまりに違っていたから。 |
| 若い人のための短編小説案内 (1997年 文藝春秋) |
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初出は、文藝春秋社刊行の「本の話」。平成8年1月号から2月号に連載されたものを収録している。ここで取り上げられているのは、いわゆる「第3の新人」を中心にした戦後日本文学であり、吉行淳之介『水の畔り』、小島信夫『馬』、安岡章太郎『ガラスの靴』、庄野潤三『静物』、丸谷才一『樹影譚』、長谷川四郎『阿久正の話』の7編である。 村上さんはアメリカに住んでいた際、プリンストン大学の東洋文学で学生達を教えられていたことはエッセイにも書かれているが、そこでの経験と仕込みを初発に、タフツ大学、帰国後は文藝春秋の編集者とディスカッションをしつつ、仕上げたものだ。 とりあえずジャンルを「批評」としたけれど、通常の論評とはもちろん違って、村上さんの翻訳と同じく、きわめて作品に対するシンパシーの高いものである。「あとがき」にも次のように書かれている。「もちろん文学にとって、的確な批判も大事なことである。しかし僕としては、気持ちの良い午後に、「そう言えば、こんな素晴らしい本をこの間読んだよ」と誰かに語りかけられることの、「そうだね、あれはほんとうに見事な小説だったね」と語り合えることの、単純で純粋な喜びをより大切にしたいと思う。僕自身、そういうものによって励まされ、ずっと小説を書き続けてきたのだから」。残念ながら、僕の周囲には「こんな本を読んだよ」と語り合える相手は、そんなにはいないのだけれど。 だいたい褒めるよりけなすほうが、やりやすいものである。欠点を指摘したり、クサしたり、こき下ろしたり、くそみそに言うことなら、そこそこの頭脳さえあれば誰だってできる。しかし、素晴らしいもの、立派なものを、適切に「素晴らしい」と語ることのできる人はなかなかいないものである。そういう人こそ尊敬に値する人物だと僕は常々思うのだけれど、いかがだろうか? ルドルフ・シュタイナーは、認識の行のもっとも基本的な準備として「畏敬の行」「敬愛の行」ということを言っている。それは闇雲な崇拝や依存、また欠点や欠落から目をそらすことを意味しない。的確な認識力と論理的な思考力をもちつつ、真なるもの、善なるものにふさわしい敬意を払うことなく、自身を高めていくことは不可能だと、言っているのだ。そういった視点から見るとき、翻訳やこの本に見られる、村上さんの「共感」という姿勢は、本当に素敵だと思う。 稚拙で至らないサイトだが、僕もそのような姿勢を見習ってこれらの文章を書いた。「ああ、こいつは本当に村上春樹が好きなんだなあ。これほど好きになれる作家の本ってどんなのだろう?」とささやかなりとも思ってもらえたら幸いです。難しいけど。 |
| Portrait in Jazz (1997年 講談社) |
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和田誠さんのイラストに、村上さんの思い入れたっぷりの文章がついた、歴代Jazzメンのポートレイト集。『芸術新潮』1996年6月〜1997年5月号に連載されたものに書き下ろしを加えている。 村上さんにとって、Jazzは「作家以外のもう一つの人生」といっても過言ではない。実際、作家になる前はジャズ喫茶を経営していたほどなのだから、ジャズに関する思い入れは半端ではない。それだけに、どのように書けばよいか、どこまで書いたら良いのか。そのあふれる思いを盛りつける器は、なかなか見つからなかった。そんな状況に突破口を開いたのは、和田誠さんのパワフルでプリミティブなイラストだった。これら歴史に残るジャズメンの姿に引きだされるように、村上さんのシンパシー(なんてもんじゃない)は自由に飛翔を遂げ、珠玉のオマージュを書きつづっている。 僕も、東京でこの本に出会っていたら、間違いなくJazzを聴き始めていただろう。Jazzに限らず、本格的に音楽を聴こうと思うと、地方では(中古レコード屋がないので)どうしてもお金がかかってしまうのだ。今のクラシックのCDライブラリもすべて東京の中古レコード屋で買い込んだものである。もし、また東京に(もちろんアメリカでもいいわけだけど)住む機会があったら、ぜひ本格的にJazzを聴いてみたいものである。そう思わせるだけの強力な「愛」が、この本には詰まっている。 |
| アンダーグラウンド (1997年 講談社) |
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「地下鉄サリン事件」の被害者に村上さんがインタビューを敢行し、まとめたもの。ここでも、「シンパシー」ということが重要な掛け橋になっている。あの事件は、いったいなんだったのか。マスコミの画一的な視点によって、かえってうやむやになろうとしている日本的闇の典型としてのこの事件を、村上さんは例の執拗なまでの地道さで井戸掘りをしようと試みている。この本では村上さんは常に「黒子」である。でも、その黒子なしに、この作品の中で語られる人生と、その瞬間というクロスは決して見えてはこないはずだ。彼は、この本によってオウム真理教をどうこう言おうとしているのではない。むしろ、その事件のさなか、道端で次々と人が倒れて行く中で、まるで対岸の火事のように平然と歩いていく「部外者」たちとの対比こそ、現代という時代の抱えた背筋の薄ら寒くなるような不安とか恐れとかを象徴しているように思われるのだ。 そう、もしも僕がそこに通りかかったとしたら、やはり同じように無視して通り過ぎていったかもしれない。その理由がなんなのかを考えると、あの事件は「どこででも」「いつでも」起こりうるものだということがわかるだろう。村上さんも言われているように、あれはあちら側のことではない、我々すべての中に潜んでいるものの現れなのである。 |
| 約束された場所で underground2 (1998年 文藝春秋) |
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『アンダーグラウンド2』の副題の通り、地下鉄サリン事件ノンフィクションの第二弾である。前回は被害者を中心にしたインタビューだったが、今回はオウム真理教信者へのインタビューと、それに加えて河合隼雄先生との対談が収められたもの。『文藝春秋』1998年4月号から11号に掲載された「ポスト・アンダーグラウンド」をもとに加筆された。「約束された場所で」というタイトルはマーク・ストランドという詩人の作品「一人の老人が自らの死の中で目覚める」からとられている。 文藝春秋の連載中からずっと読んでいたので、まずは河合先生と村上さんの対談、そしてあとがき、まえがきをざっと読み通した。連載中も、毎月読むたびにしばらく言葉をなくし、深く考え込んでしまうほど、内的に動かされるものを感じたけれど、今回もやはり同じような、自分自身の関わっている特殊環境においての切実な実感とともに、読み進めていった。
村上 (前略)彼が言っているのは一つの限定された箱の中だけで通用する言葉であり理屈なんです。その先にまではまったく行かない。だから当然ながら人の心には届かない。でもその分単純で、強固で、完結しているんです。(中略)相手は彼を言い負かすことができない。言っていることに深みがない、なんか変だとわかっていても、有効に反論できないんです。だからみんないらいらする。でもオウムの人たちに聞くと、上祐さんみたいに頭のいい人はいないって言います。(後略)」 善とか真理とか、そこまで至らずとも、一般論とか正論とかを、乾燥した思考だけで形成している人間というのは、多分どんな集団でも組織でも、一人は必ずいるものだと思う。このような人物がレトリックを振り回し始めると、とりわけ宗教組織になると、これは本当に人を叩き切ったり、排除したり、裁いたりといった形を招きやすく、しかもそれに対抗しうる明確な反論ができないというきわめて怖いことになってしまう。そういうとき、現代の日本人の内界に根深く刻まれている、善とか、純粋さを全面肯定する絶対的な前提と、悪とか不純さに対する宿命的な羞恥を実感する。もちろん無言の中に落ち込まざるを得ない自分に対しても、苛立ちと無力感を感じる。
このようなレトリックなり論理なりに対抗――というか、そこに落ち込むことを防御してくれたものを、村上さんは「コモンセンス」という言葉で表現されている。ここでいわれる「常識」というのはたぶん、倫理的な法則性というよりは、自己と現実との間にどのように、感情とか生活レベルで(つまり人間関係の中で)橋渡しをしていくかということに関する個人的な経験則ではないかと思う。
村上 日本人というのは本当に自由を求めているのだろうかって僕は時々疑問に思ってしまうんですよね。とくにオウムの人をインタビューしていると、それを実感しました。
村上さんや河合先生が言いたいことが、何処かでシュタイナーのそれと通底した時代性と認識を持っていると感じていた予感みたいなものが、ひとつの現実的な形となって現れてきたような感動を覚えた。僕の場合を振り返ると、「自分の担っている悪と正面から向かい合うことの切実な意味」を教えてくれたのは『いかにして超感覚的世界の認識を獲得するか』だったし(高橋嚴先生のあとがきには「高まるのではなく、深化していく」という意味の言葉もありますよね)、「自由のかけがえのなさと怖さ」を思い知らされたのは、『自由の哲学』だったからだ。 |
| CD-ROM版村上朝日堂 夢のサーフシティー (1998年 朝日新聞社) |
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なんなんだ、このタイトル。 というわけで村上さん初のCD-ROMブック。内容はホームページ村上朝日堂がそのまま入っている(もちろんおまけや修正が加わっていますが)だけだが、ネット上で電話料金気にしながら見る必要はなくなるのはいいですね。だってはんぱな量じゃないから(電話帳一冊分くらいはあるらしい)。もちろんやり取りされたメール全部読む気にはならないけれど、ときどき気の向いたときに気の向いたところをふとクリックすると、「おお、こんな書き込みが」みたいなこともありそうで、そんなデータベース的ランダムアクセスで読むといいのかもしれない。アンダーグラウンドやねじまき鳥のフォーラムでの村上さんの回答は、参考になるものも多いと思う(あんまり読んでないので分からないけど)。 また、「肉声対談」のおまけもあって、題名は「愛人カレー対談」となっている(「それが愛人カレーってやつですか?」「ちがうちがうちがうっ」)。村上さんの声はめちゃめちゃ低音なのであんまりよく聞こえないんだけど(^_^;)、おもしろい。水丸さんの優しい声も、なかなかいい感じだ。それにしても、実際の会話はどこにでもありそうなのに、文字にしちゃうと、全然違う独自の世界を形成してしまうこの二人って、改めて不思議ですね。 う〜ん。 やっぱり、でも、これは実際にメールで参加した人が買うものだろうな。ファンの集いって感じだから。やっぱ僕も、自分のメール入ってるから買ったんでね。もちろんばっちり収録されてましたけど(発信者の名前は外されてるので、探せないけどね(^_-))。万人にお勧め、ってわけには行かないな。今まで、インターネットできずに苦汁を舐めていた人にもいいけれど、今どきインターネットできないってことはないか。 薄いけれど、いっしょについてくるカラーのダイジェスト本もなかなかいけてる。水丸さんの絵もちゃんと見れる。Macの話題もけっこうあって、村上&Macファンが一番楽しめると思う(僕だな(^_^;))。お値段は1700円。メール発信者の著作権の関係もあって、印税の一部は朝日新聞厚生文化事業団に寄付されるそうだ。 ところでこのタイトル「ネットサーフィン」からきたんでしょうねえ? でも、この言葉って今じゃ死語に近いと思うけど(^_^;)。 |
| スメルジャコフと織田信長家臣団 (2001年 朝日新聞社) |
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村上朝日堂ホームページをCD-ROMに全部収録。本にはその一部が掲載されています。タイトルの由来は…中を読んでみてください(^_^;)。
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