<長編小説>

風の歌を聴け (1979年 講談社)
 1979年、群像新人賞を受賞した村上さんの処女作。学生時代、そして結婚してからジャズ喫茶を経営する生活の裏で、ゆっくりと蓄積してきた内的充実が「あてどない晴れた神宮球場」を契機に芽吹き、真夜中1時間ずつ4ヶ月ほどの執筆によって結実した、原稿用紙200枚の作品。だが、最初に書いた「リアリズム」の作品は全面的に破棄され、改めて今ある「開き直った」形に書き直されたという。

 村上さんの作品に流れる通奏低音は、内的・外的な「喪失」感とはよく言われることだが(価値観、信念、感情、精神、生命などなど)、とくにこの作品では、寄って立つ背を失った人々の「デタッチメント」な有り様が、「しかたないじゃんか」という諦観的共感とともに描かれているように思う。
 村上さんの長編小説の流れは、彼の周囲に対する「デタッチメント」から「コミットメント」への内的変容のプロセスでもある。同時に、彼の外的な現実の経過をたどりたいなら、彼の旅行記やエッセイを読むといい。さらに共感も深まるだろう。なぜなら、それは彼の個人的逡巡を越え、同じ日本という失われた「高度資本主義社会」を生きる我々に普遍化できるものを有しているからだ。
 ちなみに「デタッチメント」は「自閉」「無関心」「諦め」「無力感」「消極」にイメージされるもの。反語としての「コミットメント」は「各々が自己という確固とした基礎の上に立ちつつ、社会や周囲の人間関係に積極的に関る中で、内界・外界の良き有り様を真摯に模索していく姿勢」と、僕は理解している。(下に続く)


1973年のピンボール (1980年 講談社)
 『風の歌を聴け』の続編として書かれた、次作『羊をめぐる冒険』との掛け橋。原稿用紙300枚。彼独自の「決めずに書く」というやりかたで内界の「鉱脈」を切り開きつつ、書き割りのようなぶつ切りのスタイルから、ストーリーテリングという流れに移行していく途上とも見れる。その目指す先は、彼の言う「リアリズム」の文体だ。そのための力を蓄えるために、彼はあえてこの段階ではそれを諦めている。

(上の続き)
 とはいえ、僕とてこれらの作品を最初読んだとき、「最初の原稿でぶち込んだ重いもの」とは何なのか、いまいちよくわからなかった。おそらく、彼と全く同じ1940年代の人間なら、ほとんど感覚的に共感できるはずのものが、1968年生まれの僕にはどうしてもうまくつかめなかったのだ。
 それがなぜなのかずっと考えてきて、最近ようやくそれがわかってきた。簡単なことだ。僕にとっては、産まれて物心ついたときには、すでに寄って立つところなど何もなかったのだ。最初からなかったのだから、失うこともない。
 この『風の歌を聴け』や『1973年のピンボール』の登場人物達の有り様。それは、まさに僕らが自然に身に付けてきたものである。人とは深く関りあわない。距離を置く。国とか社会とか、そんなものはどうせろくでもないんだから、関るだけ損だ。そもそも、こんなちっぽけな自分なんかに何ができる? せいぜいできることは、毎日人に迷惑をかけずに生きること。へたに希望とか理想とか持たないこと。

 でも、本当にそれだけでいいの? そんなふうに生きていけるものなの?

 僕らの世代は、そんな外的な諦めと、内的な疑念がデフォルトの設定だった。だからこそ、僕は特別な咸興を抱かなかったんだと思う。この作品が、今の中国や韓国でとても受け入れられていると聞いて、ようやくそのことに気づいたのだった。
 そう。僕らの世代は、最初から「デタッチメント」な世界だったのだ。


羊をめぐる冒険 (1982年 講談社)
 村上さんが、それまでやっていたジャズ喫茶をやめ、専業になって初めて書かれた原稿用紙800枚の長編。北海道への取材ののち、習志野に4ヶ月こもって書き上げられた。どんな仕事でもそうだが、アルバイト(あるいはボランティア)でやっているうちはうまくいくのに、専門になると途端に難しくなるものである。実際村上さんも「しんどかったですよ」と述懐している。「群像」ともトラブルがあり、これが書き下ろしメインとなるきっかけとなっている。
 この作品では、本格的なストーリーテリングが目指されているが、まだ前作の流れを引きずっていて、一つ一つのチャプターは短く、あまり整理されていない印象を受ける。次作以降の洗練されたストーリーテリングと比較すると、粗削りな感じだが、逆にそれがこの作品にしかない味ともなっている。実際僕の周囲でも『羊』がいちばん好きだという人がけっこう多い。

 この作品に至って、『風』『ピンボール』という二つの起点から、初めてベクトルが延び、動きが現れてくる。どんよりとした無力感漂う空気に、小さな亀裂が入り、そこから新しい空気が吹き込んでくる。村上さんの作品では、そんな空気はいつも女性として形作られる。失われた「僕」とデタッチメントの象徴「鼠」。そんな彼の内界に空気を吹き込むのが、新しい「奇蹟のような耳をもつ女の子」(『ダンス・ダンス・ダンス』では「キキ」という名が与えられる)だ。彼女の登場が、頑固に動こうとしない主人公を少しずつ動かし、意識とは別の無意識的な形で(それはまるで彼を小突き回すように)冒険が始まる。
 そして最終的に「鼠」は死に、浄化をもたらす風としての「女の子」は役割を終えて消えていく。そして、そのとき初めて姿をあらわにするのが「羊男」である。これは、シュタイナーの言うドッペルゲンガーの様なものであろう。内界への深化がぎりぎりまで深まり、生と死のライン(あるいは意識と無意識のライン)にまで至るとき現れて、そこから先に進むことを拒むのである。実際、村上さんの作品を抽出するときの「井戸掘り」のしかたは、半端なものではない。だからこそ、明確な頑固なまでの「自我」意識と「体力」がいるのであろう。
 この自己認識を深める行に関しては、高橋嚴先生(R.シュタイナー)や河合隼雄先生(C.G.ユング)の本を読むといい。それは人間の本性に関るゆえに、危険な道でもあるのだ。この危険性は、現在『文藝春秋』で連載されている『ポスト・アンダーグラウンド』を読むとよくわかる。このような自己認識の道を、薬剤投与や自己の放棄によって「安易に」歩もうとしたとき陥る怖さが、実例として語られている。
 これら内界の変容のプロセスは、実質的な続編である『ダンス・ダンス・ダンス』において、さらに意識的に把握された深化形で提示されることになる。逆に言えば、この『羊をめぐる冒険』の持ち味は、意識的に把握されていない無意識の自律的な形成力にあるとも言えるだろう。


世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド (1985年 新潮社)
 『羊』が15万部売れ、一段階越えた地点に達した村上さんは「その後、何をしていいのか見当もつかない」ので、3年近くエッセーや短編・翻訳などに精を出しつつ「蓄積」期を過ごす(だいたい彼はこの3年周期というのがリズムになっているようだ)。とはいえ長編小説は、作曲家にとっての交響曲のようなものである。すべては長編を書くための準備とレベル上げ・もしくはそれを補完するものだ。やがて時機が熟し、新潮社純文学書き下ろしとして1984年8月から翌年3月にかけて執筆された。

 原形とも言うべきものは『街と、その不確かな壁』――彼いわく「あれは僕は一切表に出す気はない」という幻の作品。ただ「あの中には何かがあると思った。あれは非常に正直なものだし、小説を書くために書いたものじゃなくて、書きたいものを書いたことだから、決着をつけなきゃいけない」という思いもあり、純文学的なアプローチではなく、彼の個性にフィットした有り様をということで、あの「ツイン・ターボ」方式が採用されたのであった。
 というわけで、一冊の書物の中に「世界の終わり」と「ハードボイルド・ワンダーランド」という二つの物語が併存しながら、やがてそれらが呼応を始め、最終的には見事な共鳴を実現していくという、ファンタジーに時々見られる手法が用いられている。たとえばミヒャエル・エンデの『はてしない物語』なども相似的だし、『浦島太郎』だってどこか似ていなくもない。
 これはよく思うことだが、村上春樹ほど純文学とファンタジーの境界が曖昧な、もしくは乗り越えてしまっている作家はいないと思う。実際彼は、『風の歌を聴け』も「ファンタジー」だと言っている。もちろんファンタジーという意味にもいろいろあって、一概には言えないのだけれど、彼の中では「リアリズム」と「ファンタジー」は、決して対立する概念ではないようだ。河合先生がよく言うように、本当のファンタジーは魂のリアリズムなのである。
 そのような視点で作品を読むと、現実世界との整合性などほとんどどうでもよくて、ただひたすら内的世界を忠実に取り出すことを目指している彼の姿勢が見えてくる。これは次の言葉からも窺われる。
「すべての芸術行為とか創作行為というのはリズムの連続性にあると思うんです。音楽はいちばんそうですけどね。だから途切れたらおしまいで、最初からつくっちゃったらおしまいなんです。スポンティニアティというか、自分の中からわき起こってくる自発性みたいなものを失ったらおしまいだと思うんです」
 しかし、実際書いてみるとわかるけれど、800枚以上の長編をなんの骨組みもなく書いていくのは不可能である。何も考えずに書いていたら、知らない間にできちゃったというわけにはいかない。赤ん坊とは違うのだ。
 自発性を損なうのは、むしろ「決定づけてしまうこと」である。骨組みの通りに行く間はいい。行かなくなってくるとき、問題が出てくる。キャラクターが独り歩きを始めるとか、いろんないわれ方がある、あの現象である。そのとき、自身の中から出てくるものをどれだけ信じることができるか。「今はなぜ、これが出てきたかわからないけれど、きっとこれは意味がある。だからこれは消さずに、このままいこう。筋は後で何とかするさ」という感覚である。たぶん、村上さんはそういうものほど大切にしている。そしてそれを作品として高め上げる腕を持っている。だからこそ彼は一流の作家なのである。


ノルウェイの森 (1987年 講談社)
 『世界の終わり…』から三年後、1986年の冬ごろからギリシア・ミコノス島で書き始められ、イタリア・シシリーを経て、1987年3月7日ローマで完成した。『蛍』をベースに、二百枚程度の軽くてきれいな青春小説に仕立てようとして書きだしたものの、出来上がってみたら九百枚の、えらくリキの入ったものになっちゃった…という作品。ご存知の通り、上下巻あわせて四百万部を越える記録的なベストセラーとなった。なんでこんなに売れたのか、今もって不可解な部分の多い作品でもある。
 村上さん自身もこれは大誤算だったようで「あんなに売れるとわかってたら「恋愛小説」なんてコピーは書かなかったですよ(笑)」と言っている。そのために常軌を越えた賛否両論が吹き荒れ、村上さんの大嫌いなマスコミにも散々取り上げられ、時代の人となってしまうという恐ろしいことになってしまった。このあたりになってくると、風評が作品を離れ、独り歩きしてしまう。そんなわけで、一時村上さんは精神的にかなり厳しい状態に立たされることになる。「小説家をやめようか」とすら思うほどに。

 村上さんはこの作品において、処女作からずっと課題となってきた「リアリズム」という壁を、正面突破しようと試みている。確かにそれまでの作品だけを見れば、純文学作家というよりは「ファンタジー作家」的に受け止められてしまっていただろう。そのようなマイナーな印象が、村上ファンをある意味選別していたとも言える。
 ところがこの作品以降、村上春樹は日本における一流の作家として広く捉えられるようになった。それまでは村上春樹といっても、村上龍か角川春樹か、どちらかとしばしば混同されていたものだった(本屋でも、村上龍は札がかかっているのに、村上春樹はなかった)。よくもわるくも、この作品は村上さんのメジャーデビューとなり、読者層を大きく広げることになったのであった。

 かくいう僕も、もしこの作品がなかったら、おそらくこの作家には出会わないままだっただろう。村上さんに出会わなければ、小説が好きにもならなかったろうし、文転する気にもならなかったろうし、早稲田に転学しようとも思わなかったろう。不思議なものである。
 ところで、この作品の主要な読者は若い女性であったのは言うまでもないが、逆に男性層にはえらく叩かれまくった作品でもある。僕の周囲でも、この作品が「よかった」という男性はほとんどいない。『失楽園』とは正反対である(どなたか、『ノルウェイの森』現象と『失楽園』現象の比較論を書いたら売れると思うんですけど(笑))。
 正直言うと、僕もこの作品の最初の読後感は「なんぢゃこれは」だった。わけがわからなかった。いったい作者は、「直子」と「緑」をめぐるこのストーリーにどう決着をつけたのかがわからなかったし、だからこそ最後に至る経過の意味もわからなかった。やけに写実的な性描写が心に残っただけだった。正直、不快だった。この、わけのわからないもやもやを、どうしてくれるんだ、と思った。あとになって、このもやもやが、すごく意味のあるものだと気づいたけれど、それはずっとずっと先のことだ。
 それは単純に、僕が理解できるだけの素地を持っていなかったということもある。その後いろんな小説を読み、再読したら、最初感じたほどの不協和音はなかった。もっと素直にすっきりと、この世界の中に入っていくことができた。一皮むけば、とてもシンプルな世界なのだ。「ツイン・ターボ」的バランスを自分の中に作り出せれば、二つの世界の均衡をめぐって綴られるこの繊細な物語は、過去ではなく今の感情が語られているという意味において、わかりやすくすら思える。
 しかし、それもまた正しいとはいえない。それほど一筋縄にはいかない。少なくとも僕にはそう思われる。なぜなら、「緑」的なベクトルと、「直子」的なベクトルは、常に自分の中で揺れ動いているものだからだ。読むたびに、受け取り方が違ってくる。時により、状況により、環境によって違ってくる。独身の時と、婚約中と、結婚したあととでは、その感受の具合が恐ろしく違う。それは、この作品が自身の中に一切の結論を持たないからだ。安易な結論を下すことを、作家は徹底して避けている(「わからない」「たぶん」「そうかもしれない」)。だから結論は、読み手が下すしかないのだ。生きるという途上において。だから、いつも揺れ動く。「とても物理的に。」


ダンス・ダンス・ダンス (1988年 講談社)
 通常の三年ペースとは違い『ノルウェイの森』からわずか一年後の1987年12月17日にローマで書き始められ、翌年の3月にロンドンで完成した。作品のタイトルは、「ザ・デルズ」という黒人バンドの古いR&Bの同名曲からとられている。
 ちなみにこの作品あたりから、村上さんは文章を執筆するのにワープロを使うようになった。最初は専用機だが、じきにMacを使うようになる。機種はPowerBook 160/80→LC3→PowerMac 6310。OSはアメリカ仕様+JLK。ワープロソフトはEGWORDらしい。まあ読み手としてはどうでもいいことだが、『ノルウェイの森』の時は清書の時に右腕がパンパンになってしまったというから、書き手としてはやはりその省力化の意味は大きい。煩雑な大量の文章編集も容易にこなせるようになった(これは『アンダーグラウンド』のあとがきで触れられている)。またこの作品では、チャプターの切れ目で「@@@(アットマーク)」が使われているが、これもワープロ化によりもたらされた遊びといえそうだ。

 さて、『風』『ピンボール』『羊』の三部作の、いわば完結編であるこの作品、『世界の終わり』や『ノルウェイの森』といった冒険作のあとということで、三部作とは数段階完成度が違う。これは、ル・グィンのゲド戦記によく似ている。最初に三部作があって、少し間が空いて、よりワンランクレベルアップした完結編が来るという流れも、登場人物こそ共通しているものの、それまでの作品とは明らかに異なったことを語ろうとしていることも。
 とはいえ、ここでは村上さんに変な気負いは全く見られない。文体は三部作ですっかりなじみの「僕」語りである。オタク的ミュージシャン&曲名の嵐も、シニカルなアフォリズムも健在だ。ひねくれたナイーブさも、主夫的なところも(何とまあ、まめに料理をする人だろう)、「ダイ・ハード」のブルース・ウィルス的ぼやきも、読者にとってはすっかりなじみの店と言った感じである(「ジェイク、いつものを」(笑))。なによりもストーリーテリングに全くよどみなく、人物設定も不自然さがない。とりわけ最近は弁証法的(ベートーヴェン的)にごりごりと積み重ねるような小説作りを行う村上さんだが、この(モーツァルト的)作品に関しては、シンプルな流れと軽やかなリズムが、終始一貫している。
 「久しぶりに自分の庭に戻ってきたみたいで、すごく楽しかった。というか、書くという行為をこれほど素直に楽しんだことは、僕としても稀である」という作家の言葉からもわかるように、これほど自然な流れで紡ぎだされた村上作品は他にない。だからこそ僕はこの作品をもっとも愛するのである。「内的自発性」というエンジンと、それを物語として結晶化する「文体」という足回りが、こんなにナチュラルかつ完ぺきなバランスで作動しているというのは、驚くべきことであると思う。そういった意味では、「神に愛された」作品と言っても過言ではない。実際、この作品は長編では唯一のハッピーエンドでもあるのだ。
 ただ「苦労した子ほどかわいい」の反語的に、あまりにもすんなりいきすぎて、作家自身この作品を深く語ろうとはしないし、周囲も『ノルウェイの森』にばかり目がいって、「沈香も焚かず屁もひらず」的に扱うのは少々残念である。しかし、いざ何かを書こうとすると、これが意外と難しい。言語化しにくい部分が多いのだ。とはいえ、せっかくここは僕のひいきページなのだから、他の作品以上に多く触れたいと思う。

 まず、舞台は今までにはなかった80年代である。経済成長を遂げ、ひたすら物質主義を目指して動いていく、高度資本主義社会の日本。三部作において、「金持ちなんか糞食らえ」といって空しくわめいていた鼠ももういない。反抗するべき場所も、ともに戦うよりどころもない。そんなものはすべてなぎ倒され、コンクリートで固められ、小奇麗な町並みへと開発されてしまった。好きと嫌いに関らず、金銭という価値観が前提となってしまっている社会だ。そんな中で、とにかく生きていかねばならない以上、自己を再構築し、失われた均衡と方向性を取り戻さなくてはならない。それが、まず、この作品の最初に提示される課題である。
 「僕」はあの「羊をめぐる冒険」で深く傷つき、その傷が癒えるまで仕事もせず、ただひたすら時を待つ。やがて、以前のコネクションをもとに、「文化的雪かき」と自称するフリーライターとして仕事を始める。無意味な半端仕事だ。やらねばならないからやるだけ。そうやって自己を空っぽにしてやればやるほど、お金はどんどん入ってくる矛盾。でも、そんなことは彼にとってほとんど自明のことである。今まで、そんな生き方にさんざん抵抗し、敗れ、死に体となった人間なのだから。
「僕は自己が、何か意味を持った存在だという幻想を抱いてきた。それは金銭などで計られるものではなく、もっと根源的な、全人的な何かに由来するものがあるはずだと思ってきた。でも、この社会はそんなものに、なんの価値も見いだすことはないし、実際存在しないのかもしれない。ならば、僕はこんな社会には関りあわずに、自分一人で生きていこうと思った。ところが、そんなささやかな願いすら許されなかった。放っておいてくれと頼んでも、必ず誰かがやって来て、僕を小突き、踏みにじっていくのだから。ならば、あとは自分を空っぽにして、好きとか嫌いとか言わず、ただシステマティックに仕事をこなして生きていくしかないだろう」彼はだいたいこんなふうに考えていたのではないだろうか。
 普通なら、これで復帰は終了のはずある。しかしここで、無意識の深いところから異議を唱える強いメッセージが立ち現れてくる。それは当然だ。なぜなら彼の本性にとって社会復帰が問題なのではない。人間として復帰・再生するのが問題なのだから。彼はそれを「誰かが自分のために涙を流している」というイメージ(夢)として感受する。そしてさんざん迷ったあげく、自己の人間的な再生のために旅立つことになる。

 このように、最初の状況は「デタッチメント」でもなく、もちろん「コミットメント」でもない、「なんでもない場所」から始まっている(そこは『ノルウェイの森』が最後に辿り着いた場所でもある)。そして、自身の意志とは半ば無関係に、無意識的な流れのままに、再びあの羊男と出会うことになる。
 失われたいるかホテルの中にはいった途端、彼はまるですべてのことを意識化したように羊男と話し始める。彼はなんとかして自分を取り戻したいと願っている。でも羊男は「もう時間があまり残されていない」という。このままだと、本当に「取り残されてしまう」しかないという危機感がそこにはある。
 羊男は配電盤をつないでいる。そこで、何とか「僕」のためにやってみるという。でも、しょせんそれは援護射撃に過ぎない。本当にやるのは、彼自身だ。うまくやり通せれば可能性はある。でも最悪の可能性だってあるのだ。そこで羊男は言う。「ダンスステップを踏み続けるんだよ」と。
 上手に、自分のステップを踏み外さないよう、踊り続けること。意味なんて考えてたら足が止まる。まず、状況に合わせて体をぐんぐん動かすこと。そうして周囲とコミットするところから、自己のよりどころを作り出す。無から有を生み出す錬金術。「僕」はその賢者の石を求め、外の世界に帰っていく。「魔笛」と同じように、パミーナの肖像(ユミヨシさん)は最初に現れている。それがゴールであることも彼はなんとなく自覚している(それはもうそういうものだ。こういうときは必ずわかる)。しかし、自己がいまだその場所に至っていないこともわかっている。だからなにも関係せずに帰ってくるのだ。「僕」のカウンセラーとなるユキとともに。

 これ以降、「僕」は常に「羊男」の存在を明確に意識している。「羊男」がなにかをしようとしている。自分と何かをつなげようとしている。自分は、いつもそれに心を開き、感覚を開き、しかも囚われない態度で、それを待たねばならない。焦らず、冷静に、状況を見極めつつ、自己の足を止めてはならない。そういった活性化された無意識とのキャッチボールを行いつつ、現実にコミットしていく方法を「学んで」行く。
 そう、これは現代の「魔笛」なのである。太古から連綿と伝わってきながら秘されてきた、マクロコスモスとミクロコスモスの認識方法習得の行。それは時代精神を反映させつつ、常に必要な時、必要な人にだけ伝えられてきた。その内的認識の行と、まったく同じやりかたで、「僕」は世界と自己との繋ぎ目を誠心誠意探しだそうと努めていく。「キキ」という、自己の幻影を灯台として追いかける途上で出会う人々――五反田君、メイ、アメ、ディック・ノース、そしてユキとの関りの中で。

 もちろん村上さんは、シュタイナーもユングも意識などしてはいない。あくまでも、これは自分の二本の足で地面を踏み締めてきた歩みである。だからこそ説得力がある。普遍性があるのだ。

 ところで、河合隼雄先生と村上さんとの対談が収められている『心の声をきく』(新潮社)の中で、河合先生が「ある若い人が、『ダンス・ダンス・ダンス』を読んで癒されたと言っていた」と語っているところがある。これは本当に嬉しかった。だって、僕がまさにそうだったからだ。それだけの力が、間違いなくこの物語の中には秘められていると、僕はずっと思ってきたし、今でもそれは変わらない。


国境の南、太陽の西 (1992年 講談社)
 実はこの小説にコメントをつけるのは、ものすごく困難だと最初からわかっていた。というのは、他の小説にもまして情報がないからである(『やがて哀しき外国語』『ねじまき鳥の見つけ方』『村上朝日堂はいかにして鍛えられたか』等のエッセイで、かすかに出てくるくらいだ)。アメリカで書かれたのは確かだが、いつから書き出され、いつごろ完成したのかも定かではない。『ダンス』から四年も待たされたあとのわりに話題にもならず、書評も芳しくなかったこの作品は、このあと怒涛のごとくやって来る巨大戦艦『ねじまき鳥』主砲三連発の陰に隠れて、ほとんど表に出てこない。

 もちろん内容がわからないというのではない。むしろ、今までの村上さんの作品の中でいちばん分かりやすい作品と言ってもいいかもしれない。舞台は東京だし、文体は僕にはいまいちなじめないが、万人受けする『ノルウェイの森』的リアリズムである。プロットだってそうだ。「超常的な」ことは何も起きない。我々の身にすべて起こりうることばかりだ。起こりうる――というより、実際に同じような出来事が無数に起こっている。
 高度資本主義社会の価値基準でいけば、申し分ない人生を送っていた人が、突然不可解な行動を起こす。当人にすら意識化できない、理不尽な無意識のエネルギーの竜巻に吸い込まれ、翻弄される(その代表格は不倫か賭博である)。そんな近所迷惑な、突発事故的状況の中で、初めて自己の手ごたえをリアルに感じる人がいる。まるでドラッグみたいに。
 もちろん30代に入ったばかりの僕にとって、このような内的プロセスに感情移入することはあまりに困難であるし、正直なところ陳腐としか感じられない。特に最近、こういう「40代の危機」とか、河合先生の言う「思秋期(おっと、辞書で一発で出た)」とか言われる状況を扱った文学作品は、腐るほど生み出されている(このあたりのことは秋山さと子さんの本を読むと、わかりやすく解き明かされていて面白いです)。
 いや小説なんて不要なほどのスキャンダラスな出来事が、連日ノンフィクションとしてテレビを賑わしているではないか。そんななかで、この作品の存在意義とはいったい何なのだろう? もちろん、これらの現象に感情の経過というバックグラウンドをきっちりと提示することはできる。でもそれだけのためなのだろうか?
 というわけで改めて再読してみた。

 これは僕の邪推に過ぎないのかもしれない。本当のところはわからないけれど、この作品を読むと、どうしても『遠い太鼓』の「1988年、空白の年」に書かれた数ページのことを思い出さずにはおれない。上にも書いたけれど、40才というのは男にとって一つの重要な節目である。もっといえば、非常に厳しい試練的なことが起こるとよく言われる。村上さんにとってのそれは、普通にもまして厳しいものだった。
「すごく不思議なのだけれど、小説が数十万部売れているときには、僕は多くの人に愛され、好まれ、支持されているように感じていた。でも『ノルウェイの森』を百何十万部も売ったことで、僕は自分がひどく孤独になったような気がした。そして自分が多くの人に憎まれ嫌われているように感じた。どうしてだろう。表面的には何もかもうまくいっているように見えた。でもそれは僕にとって精神的にいちばんきつい時期だった。(中略)その時期、僕は疲弊し混乱し、女房は体を壊していた」(ボールド化はMumul)
 以下はさらに、あくまで憶測だからそのつもりで読んでください。
 作品の中に、非常に印象的で、強烈なリアリティーのある部分がある。それは島本さんと始君が、石川県のとある川に行き、島本さんが生み、二日で死んでしまった女の子の遺骨を流すシーンである。そしてそのあと、島本さんは発作を起こし、始君は彼女の目の中に荒涼とした死の風景を見る。ところが、それとは対照的なほどリアリティーの欠落したおとぎ話のような風景が、由紀子と二人の女の子のいる温かな家庭の情景である。
 結局この作品は、作家の内的、あるいは外的なところで失われていったものに対する「供犠」「鎮魂歌」ではないかと思う。それでなくては、この作品の自虐的過ぎる終局を、そのまま受け入れることはできない。少なくとも僕にはそう感じられるのだ。


ねじまき鳥クロニクル (1994,95年 新潮社)
 この作品はずいぶん前作との間が短い。前作が薄かったぶん、かなり力を残しきったまま次の作品に移行したといった感じである。やっぱり前作は「露払い」的なものだったようだ。その『国境の南』が出た1992年、「新潮」10月号から93年8月号まで計11回連載されたものが、第一部「泥棒かささぎ編」と第二部「予言する鳥編」である。まずこの二冊が1994年4月に出版された。
 この、エヴァのようなあまりの終わり方に、がく然とした読者も多かった(まあ、続きがないはずはないとは思ったけど)。その不安に答えるように、翌年1995年8月に書き下ろしの(ただし「10 動物園襲撃(あるいは要領の悪い虐殺)」だけは1994年の「新潮」12月号に掲載)第三部「鳥刺し男編」が出版され、一応完結となった。
 まあじつに長大な作品であり、内容もその紙数に負けず劣らず濃密かつ重厚なものである。とても全体を一望の元には把握できえないほどの甚大な物語空間を形成している。これを読み終わってすぐに「う〜み、なるほどこれはこういう物語なのか(ぽん)」とかしわ手を打って納得できた人は、ほとんどいなかったのではあるまいか。
 長いといえば、確かにジョン・アーヴィングの小説も長い。入り組んでもいる。けれど、彼の小説のプロットはあくまでメイン・ストリームがはっきりとしているし、いわんとすることもすっきりと飲み込める。そういった意味ではとてもクラシックな作品である。
 でもこの作品はそれとはかなり違う。
 例のごとく、村上さんは最初からストラクチャーを厳密に作って小説を書いているわけではない(しかし、これだけ大きな作品をよくこのやり方で最後まで持っていけるもんです。神業)。村上さんの内的源泉の自然な奔流にあくまでもアドバンテージを持たせているので、全体の構成は恐ろしく無意識的である。迷走し、錯綜している。
 じゃあ、文章も脆弱なものかというとこれが全く正反対で、強烈な論理的構成力と、きちきちにかためた文体で、徹底的に積み重ねてくる。資料もどしどし使ってくる。以前のやさしい、鷹揚な文体は前半の部分くらいで、チャプターが進むにしたがって、どんな高速コーナリングでもロール一つしないハイテンションなダンパーの感触を、常に腹の底に感じつつ読み進めていくことになる。
 まるでマーラーの5番みたいである。まだ最後に合唱があれば、クライマックス的に盛り上がるのだけれど、残念ながら村上さんはそんなに甘くはしてくれない。あくまでも器楽で最後まで持っていってしまうのだ。正直、非常に重たくて、苦しい。でも、読ませる。とにかく読ませる。クミコが消えてしまって以降は、なんとしても最後まで読まずにはいられなくなってしまうのだ。
 そういえば、一時期はやった謎解き映画(名前忘れた)に、村上さんはどっぷりハマったとどこかで読んだことがあるけれど、確かにそんな気配が濃厚である。アーヴィングのインタビューの中で「ゴミ映画、ゴミ手法、ゴミ広告…しかしそれはテクニックではあるね」との言葉がある。まあゴミといっちゃうと問題があるけど、そういうエンターテインメント・メディアから手段をもらって、そのなかに純文学的なテーマをぶち込むという手法が最近のはやりなのは確かである(吉本ばななが少女マンガに範を取っているのは有名である)。


 さて正直なところ、この作品をまな板に乗せて包丁を入れて捌くなんて、僕にはとてもできない(すんません)。でも、そう言ってしまったら終わりなので、できないなりにとりあえずこの作品を単純化して、座標上に分解してみたのが右の、矢印が回っているShockwave Flash画像である。「ねじまき」とはすなわち螺旋であって、矢印の動きは左進右退の力で上昇(あるいは下降)していく様を表している。
 この作品にとっかかろうと思うなら、『村上春樹、河合隼雄に会いにいく』は絶対にはずせないだろう。この中では村上さんが、作者というよりは読者(あるいは所有者?)という視点から、かなり突っ込んだ意見を述べておられる。別に作者の意見だから、そうなのだというのではない。そもそも村上さん自体が「どうして(皮剥を)書くのかというのはぼくにもよくわからないのです」言われているのだから。
 しかし、それによって「村上さんは作品にいちばん近い方である」という事実に、変更が生じるわけではない。はるかに見通しが利くし、理解の度合いも全然違う(僕の理解なんか恥ずかしくて、お詫びに田んぼで逆立ちしなくてはならない程度のものだ)。実際、この本を読んだおかげで、やっと、おぼろげながら、この作品の様相が見えてきた。

 さて図で、まず「マクロコスモス(歴史)」と「ミクロコスモス(現代)」というX軸と、「光」と「闇」というY軸を設定したのは、次のような村上さんの言葉からである。
「『ねじまき鳥クロニクル』の中においては、クミコという存在を取り戻すことが一つのモチーフになっているのですね。彼女は闇の世界に引きずり込まれているのです。(中略)闇の世界はなにかというと、そこにはえんえん積み重なった歴史的な暴力というのが存在しているのです。(中略)結局、第三部の終わりで、闇の世界から光の世界へ引き戻すために使われる暴力は、それら歴史的な暴力に呼応するものだという、一種の蓋然性というのですか、そういうものができてくるんですね」
 ちなみに「蓋然性」を広辞苑で引くと、「(probability)(1)あることが実際に起こるか否かの確実さの度合。(2)確率」とある(恥ずかしながらこんな言葉知らなかったよ。引いてもよくわからんけど(^_^;))。それより、英語のprobabilityのほうが、なんとなくつかみやすい言葉だ。要するに「個人の暴力と歴史上の暴力は、全く無関係ではなく、むしろ呼応しているというケースが、時と場合によっては起こりうる」というくらいの意味だろう。
 特に最近の村上さんの重要なテーマは、目に見えない暴力、存在しないかのように振る舞っている社会の根底でいまだ蠢き続けている闇の力(そして、その発現としての暴力)である。というと、すぐに思い出すのが村上龍である。ここでもはっきりとその呼応を目にすることができる。これは決して偶然ではないと思う。彼の『イン・ザ・ミソスープ』のあと書きでは、作品を書いている途上で起こったという、あの神戸の小学生殺人事件のことが触れられている。その衝撃は十分想像することができる。いくらなんでも、こんなにもすぐ、その闇が現実に現れてくるとは思っていなかったはずだからだ。そして、予感してはいながらも、本当に現実がそう形作られたときのショックはまた別物だからだ。
 このような類いまれな感性と、鋭敏な警報を備えた作家が、自身の内界の井戸を徹底的に掘り下げ、生と死のラインを越え、意識と無意識の境界を越え、現代日本という時代と民族の抱えた集合的無意識に達したとき、そこで見いだしたものこそ、闇に蠢くあの暴力的な力だった(村上さんは、以前その恐怖感を『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』において「やみくろの洞窟」として象徴的に表現した。これは『アンダーグラウンド』のあとがきに書かれている)。
 作家は、自身の内界から徹底的にさぐっていったその歩みを、この巨大な作品として結晶させた。そして、個人というミクロコスモスと、歴史というマクロコスモスが、けっして無関係なのではなく、過去のものとして葬り去られたのでもなく、「暴力」を結び目にして、はるかに強力に、蓋然的に、つながりをもっているという「現実」に触れたのだ(シュタイナーはそれを、民族霊・時代霊という言葉で表現している。またユングも、第二次世界大戦の開戦に際し、すさまじい夢でそのことを予知したのは有名である)。これは、『辺境・近境』での「ノモンハンでのポルターガイスト」を見れば、彼のコミットの仕方がいかに深いかを推し量ることができるだろう。
 だからこそ、そのような思いが、あの「地下鉄サリン事件」に及んだのである。村上さんにとって、それは偶然でも何でもない。まさに「自分自身が関わっている」問題として、激しい衝撃を感じたに違いない(我々が感じたよりもはるかに肌身に迫る思いで)。それがあの『アンダーグラウンド』につながっていくのは、今振り返ればあまりに当然のことのように思われる。しかし最初聞いたときは、村上さんと「サリン事件」とは全く繋がらないように思われたものだ。
 内界からコミットした闇が『ねじまき鳥』なら、外界の・現実の闇へのコミットが『アンダーグラウンド』なのだ。そしてさらに、翻訳としては『心臓を貫かれて』がある。そう言った意味で、この三冊はともに補完しあう、同じものの側面ではないだろうか。

 ところで、上の図にはもう一つ座標軸がある。それは「時間」と「空間」いうZ軸なのだが、これについて書き出すととんでもないことになるので(僕もそこまで読み込んでないし(^_^;))、やめます。いずれにせよ、さまざまなとっかかりかた、読み解き方のある作品であるし、また単純に謎解き要素のある読み物としてもとてつもなく面白い作品だと思う。僕はまだまだ、彼の言わんとすることに対し、激しい実感を伴ってその危機意識を感受しえていないと思う。たぶん、僕は楽観的すぎるのだろう。

 あと参考までに、この作品だけに特化したサイト(『ねじまき鳥フォーラム』)も存在するので、こんなしょうむないコラムでは全然納得いかんぞ!という方はぜひ行ってみてください。本作品に関する充実した文章が揃っています。



スプートニクの恋人 (1999年 講談社)
 見た目は取っつきやすく、軽そうなこの作品だが、そんなに簡単に理解できるほど、村上さんのかけた時間とパワーは軽くはない。実際、読み終わったあとの率直な印象は、「よくこれだけの内容を、これだけの短さに凝縮できるな」ということだった。たぶん、この物語の適性の長さは、単行本二冊分くらいの文章量だろう。読者からすると、「ダンス」や「ノルウェイ」くらいはあってもよかったかもしれない。
 しかし、そこをあえて今回は「多少意が漏れるくらい削り込む」ということを徹底されているように思われる。それは前作「ねじまき鳥」が、「とにかく長いものを書こう」という思いで書かれただけに、そのアンチテーゼとして「スプートニク」の課題が設定されたということは、十分推測されることであるからだ。
 短いということは、必然的に登場人物が限定されるということでもある。この作品の重要人物は、三人しかいない。「ぼく」と「すみれ」と「ミュウ」だけである。
 プロットの展開は「ダンス」のようなストレートなものではない。前回「ねじまき鳥」で縦横無尽に繰り広げられた、時空間ジャンプ・主人公置換が多用されているので、現在と過去(そして未来も)が行き交い、語り手がしばしば入れ替わる。三人がそれぞれの過去と現在を詳細に語れば、それだけでも一つの物語になってしまうということだ。
 僕は「ねじまき鳥」の項で、「時空間というもう一つの軸がある」と書いたけれど、はからずも「スプートニク」では、この「時空間」の移動に伴う「ブレ」があって、これがこの作品の微妙な隠し味となっている。特に面白いのは、過去現在だけでなく、しばしば「未来」について語られる言葉が、必ずしも終始一貫していない、と言うことだ。「いずれ…ということになる」という部分だが、これだけ全部抽出して繋ぎあわせてみるとわかるが、矛盾してくるのである。
 そこで作品内にしばしばキーワードとなって出てくる「運命」という言葉を考え合わせると、いろんなことが理解できてくるのだ。
 過去と現在という流れから形作られる自発的未来という考え方と、運命といういわば予定調和的必然という考え方には、決定的な矛盾があることは、哲学的思考に多少でもなじんだ人なら身近な(そしていささか堂々めぐりの)テーマだと思う。
 別項「自由のイデア」の「自由の哲学」の紹介文で僕は、「運命論」「宿命論」と「自由」という、相反する考え方・矛盾をどう自分の中に取り込み、決着をつけるか、と言うことを書いた。
 僕の場合は、『人生を自分の力で変えようとしても、結局運命や宿命から逃れることはできない。いかに自分が考え努力して人生に関わっていったとしても、結局それは高次の世界によってプログラムされた「必然」に過ぎないのではないか。こんなちっぽけな存在に過ぎない自分の意志など、巨大な時空間を持つ宇宙の中にあっては何の意味のない、米粒みたいなものに過ぎないのではないか。そんなところに、「自由」などというものがどこにあるというのか――』という問題提起に対し、「自由の哲学」は、この両者こそ、じつは同じものの裏表であるということを教えてくれたのだった(「自由のイデア」参照)。
 そのような視点からこの「スプートニク」を読むと、「自由」と「運命」ということはこういうものなんだということが、具体的な形をとって「ずばっ」と心に入ってくる。ポジティブな意味あいで、イメージが形作られるのだ。
 なぜなら、この物語の登場人物達の当初の運命と、実際の展開(未来)は、登場人物達の物語の中での行動によって、最終的には変化してくるのである(僕にはそう思われる)。「ぼく」の予告する未来は、その段階のままのベクトルで行くとどうなるかという暫定的未来を示しているに過ぎないのだ。
 現実にはこの物語はその予告とは矛盾する形で終わっている。あのエンディングで、我々は登場人物と同じくらい、もしくはそれ以上の驚きと意外さと、そして違和感を感じることになる。それはまるで予想もしていなかったものであり、まさに「天啓」としかいいようのない、突然の運命の変節(すみれちゃんSaid)だ。
 それを引き起こしたのは、一見何も関係ないかのように見える15章の存在なのである。これがあるから、最後の「変節」に筋が通ってくるのだ。そこで、「ぼく」は明らかに血を流している。犠牲を払っている。間違った筋道を自分の自由な意志で正そうと行動することで、そのまま消えて戻らないはずだったすみれと僕との運命に、奇跡的な変容が生じるわけだ。それはもちろん、どこにも書かれていないし、同じようにそうしたからと言ってそうなるというものでもない。でも、このパターンで来た場合、こうしたらこうなる可能性というのは、実際に自分の人生における運命の転換点(それは良い意味でも悪い意味でも)を考え合わせると、不思議な符合というか共鳴を感じはしないだろうか?
 こういった微妙な、目に見えないことがらを描けることこそが、村上さんの描くファンタジーの力であり、フィクションの力であると、僕は思っている。こんなこと、小説じゃなかったら、絶対書けない。小説でなくてもちっともかまわないような小説が多い中で、村上さんの捉える小説のアイデンティティというのは改めて強力なものである。

 それにしても、一つだけわからないのは冒頭の(帯にもかかれた)一節である。これはいったい何を言わんとしているんだろう。ただのキャッチコピーなんだろうか? それとも枕? なんだか、スペースコロニーが地表に落下したみたいな描写ですよね。ちなみにアンコールワットというのはカンボジアにある王朝の遺跡にある寺院址のことだそうである。





 僕が最初に誤解という言葉について、真剣に考えたのは中学二年生の時のことだった。ある日、クラスメートの女の子二人が僕のところに来て、「あんた、私の足を踏んだでしょう?」と言った。僕は知らないと言った。本当にそんな覚えはなかったのだ。もちろん、単に僕が彼女の足と気付かずに、上履きか体育館シューズか、あるいは食べる前に床に落ち、そのまま捨て置かれた焼きそばパンを踏んだくらいにしか思わずに、すっかり忘れてしまっただけなのかもしれない。教室のドアの敷居に蹴つまずいたか、あるいは廊下の陰にうずくまっていた座敷童の頭を蹴り倒したくらいにしか思わなかったのかもしれない。しかし、ともかくその時の僕には、そんな覚えはまるでなかった。そして「踏んでないよ」と反射的に答えたのだった。
 それから一年間、僕は彼女達を中心にした女子のほぼ全員から無視されることになった。
 その時の僕は、いつも「はやくこの誤解を解かなければ」と思っていたものだった。そして、機会を見ては、そうじゃないんだと説明した。こういう行為を世間一般では、「弁解」とか「言いわけ」とかいうことが、まだ余りよくわかっていなかったのだ。クラスの風紀委員をやったことで、その悪意は男子にまで及んでいった。僕は当時、教師というのは、尊敬すべき神のようなものと思っていた。風紀委員というのは、先生が「駄目」といったことを、そのまま「駄目」といえばいいのだと思っていた。でも、もちろんそんなわけはなかった。お陰で、まともな友人もできないまま、中学二年の年は終わっていくことになった。
 僕はこの時、三つのことを学んだように思う。一つ、一度ねじ曲がった人間関係は二度と回復しないことだってあるということ。一つ、先生を信用しすぎてはいけないということ。そしてもう一つ、自分も気がつかない間に、とんでもない悪をやらかす可能性だってあるということだ。
 高校をすぎたころ、僕にとって重要な問題になったのは、他人の誤解よりも、自分自身による自分への誤解だった。自分が思っている自分と、実際の自分との間にある隔たりのようなもの。自分の名前を、自分のことを指し示す名称として、うまく認識できない違和感。鏡に映る自分、テープに録音された声、それを見たり聞いたりすることが、たまらなく不快だった。結局のところ、僕自身すら満足に自分のことがわからないのだ。人が自分のことを誤解したって当然――いや、本当はそれこそが僕自身の客観的な姿なのかもしれない。当時の僕の自己認識なんて、霧に閉ざされた湖の底を、山の展望台から覗き見るくらいのものでしかなかった。周囲と自分とに、うまく橋がかけられなかった。当然それは周囲に誤解を生み、悪意を育んでいく格好のエサになった。
 結局自分の、自分に対する誤解というのは、自分の光の面しか見ようとせず、闇の面――醜さとか、どうしようもなさとか、くだらなさとか、欲望とか、悪意とか、そういったものの存在と、正面から向かい合えない脆弱さにあると知った。そしてなんとかそれを受け入れることで、ようやく僕は自分自身に近い視線で立てるようになった。できることはできる、できないことはどうやってもできない。いいところもある、でもどうしようもないところだってある。人のために役立ちたいという光の面もある。でも、自分のために人だって殺しかねない暗黒だってある。そんなことを、理屈ではなくリアルな実存として、自分なりに学び、受け入れていった。
 自分自身と橋を架けられるようになった僕に与えられた次なる課題――それは周囲に向かって橋を架けることだった。
 僕が周囲に誤解されないようすべきことは、できるだけ表現することだった。そして周囲を僕が誤解しないためには、人間というのはさまざまな要素や環境が複合的に重なり合った、矛盾した存在であるということ。だからこそ、少しでも共通した点を知ること(例えば男女、日本人、生まれ、血液型、星座など)。そしてそれでもくくりきれない自我という要素を計算に入れることだった。だいたい僕はこのようなことを意識しつつ、誤解をせず、誤解されない人間関係を作るよう自分なりに努めてきた。そしてそれは、そこそこの成果をあげれたような気がした。僕は正しい方向に進んでいると思っていた。
 しかし最近気付いたことがある。悪意というのは、理解すら誤解にねじ曲げる力があるということだ。目の前に見える当然のことすら、感情の向きによってまるで相反することとして受け取られる可能性。それは理解のために費やした長い年月を、一瞬で駆逐してしまう力を持つ。そして多くの人間が失われ、損なわれていく。取り返しがつかないくらいに。僕はそういった現象を、ここのところ、さまざまな場所で集中的に見ることになった。現実世界でも仮想ネットワーク世界でも。
 村上春樹は『スプートニクの恋人』中、「理解とは、結局のところ誤解の総体に過ぎない」と書いた。僕はそれを読んだ瞬間、しばらく言葉を失い(もちろん声を出して小説を読んでいたわけではないけれど、比喩的に)、そのあと声にならない唸り声をあげることになった。そう、たぶんその通りなのだろう。自分に対しても、ましてや他人に対しても、僕が理解したと思うことは、世界のありようの常に何パーセントかに過ぎない。僕はそれを、現実の経験という名のビデオテープに貼り付けるタイトルのように受け取ったのだった。そう、まさにその通り。
 僕は、実際にでくわしたこれらのエピソードを、いずれ何年かあとに、もう少し具体的に、フィクションとして書くことが可能になっているかもしれない。その時、僕は今のなんとも表現しようのない感情を、もう少しクールに表現できるようになっていることを、いささか楽観的ではあるけれど期待している。そしてそれを、前に一歩踏み出すための力に変えていけるような文章にできたらと思っている。でも今は、残念ながらそれだけの力を自分の中に見いだすことができない。そして、ただ独り言のように、このどこにも行き着くことのない文章を書いている。いつか、自分自身のこととして思い出すために。

(Mumulをめぐる冒険・[99.5.18]「誤解という名の悪意のエサ」より)





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