2008年2月18日
玉置神社に参拝
先週の月曜、建国記念日に熊野の奥深くにある玉置神社に参拝に行ってきた。
当然、雪。うちの夏タイヤじゃ無理なので、スキー仕様のアルファード4WD冬タイヤを借りた。
しかし、子供四人もつれていけるのか、不安とともに出かけた。
僕は一人で行くつもりだったんだけど、奥さんが「絶対行く!」と言い張り、しかも「子供も連れていく」という無謀なご意見。
だって、冬山だよ? 着けるかどうかもわからんのに、赤ちゃん連れて行くの?
なんどもケンカして、それでもどうしても彼女は付いてくるという。仕方なく、承諾して、八時に家を出た。
片道約250キロ近く。6時間かかった。
途中熊野のモスバーガーでお昼休憩。
海岸でしばし日差しを浴びて遊ぶ。
子供たちは、この先どんな大変なことが待っているか知りもせず、石を拾って遊んでいる。名古屋とは違って熊野はとても温かい。
熊野から新宮経由し、熊野川を上って走る。道はまだきれいなもので、このまま雪など見ないのではないかと楽観的な観測が出てくるほど順調だった。しかし、もちろんそんなわけにはいかない。
奥さんの運転だったので、右折する場所を飛ばしてしまい、結果的に熊野本宮から奥へと向かう形になった。
あとは看板だけが目当て。どんどん標高が上がってくる。国道からついに玉置山への細い山道に入っていく。
それでも、途中まではまだ雪もなく、ほっとしながら走っていく。
ナビがルートの途中までしか案内してくれない。「ここから先はチェーンのない車は入らないように」という看板がみえてくる。そしてコーナーを曲がると、雪が路面を覆い始めてくる。
雪道に入り、スタッドレス&4WDの威力で、急な上り坂もなんとか凌いでいく。
雪はどんどん深くなってくる。手に汗握り、巨体のアルファードを進めていく。途中でスタックし、チェーンを巻いている車両に出会う。スズキのスイフト。
その車を越えた向こうで、ついに車がまっすぐ走らなくなる。道は細く、滑り落ちようものなら断崖絶壁である。
命はない。
そんな状況の中、チェーンを巻くかどうか見てみるが、雪が深くて作業しづらいので、もうすこし開けたところまで進もうと車を徐行させていくと、ついに玉置神社のパーキングだった。やれやれである。長い道のりだった。到着時刻は三時を過ぎていた。
ここから本殿までさらに歩かねばならない。
断崖の細い雪道を、子供を連れて歩くのである。
奥さんは赤ちゃんをおんぶして雪道を歩いていく。
なんども滑りそうになりながら、歩いていく。
子供たちはきゃいきゃいとはしゃいでいるが、そのたびに危なっかしくてしょうがなく、僕が叱りつけることになる。
なんだかんだいいながら、お姉ちゃんたちはしっかりと歩いてくるし、幼稚園のこぐまこそ一番心配だったんだが、ぶうぶういいながらついてくる。
みんなおなかが空いていて、集中力があるのが幸いだった。
奥さんは山に入れば入るほど、元気になってくる。山の子だから当然であろう。生き生きとしている。
赤ちゃんは、そんな奥さんの背中にぽっくりとコートに包まれて温かそうに眠っている。たぶん母親と一緒に滑って落ちても、気付きもしないだろう。
鳥居をくぐり、道はさらに細く、しかも下り坂になる。まっすぐ歩けば本殿に行けそうなものだが、あえて一度降りて、また正面の石段を登ることになる。
なんとか正面までたどり着き、一息つくまもなく、石段が凍りついていることに気付く。手すりも何もない石段を、いちだんいちだん、みんなで手をつないで上っていく。
ようやく、ほんとうにようやく参殿の前に立つ。
祭神は国常立尊。伊邪那岐、伊邪那美の尊のさらに本源、陰と陽の別れる以前のただ「一」であった神様である。大きな何かを始める力を持ち、裁きの神でもある。厳しい神様だとつくづく思う。
まるで「これでも来るのか?」「本当に来る覚悟があるのか?」と試されたかのようだ。
おみくじを引くと「吉」とでる。「目上の引き立てにより成功する」とのこと。
いま、始めようとしている新しいことを祈念し、感謝しつつ、無事に参拝できたことお礼申し上げる。
そして帰路。
チェーンを着けたのが前輪だったのが間違いだった。下りなのだから、後輪につけなくてはならない。4WDはこのへんが難しい。車重の比率とトラクションが上りと下りで全く違うのだ。
下り坂で、フロントタイヤは重いエンジンと、車重のほとんどを受け、さらにチェーンでがっちりと路面を捕らえている。ところが、後輪が浮いたようになって、滑るのである。カーブが傾いていると、後輪がどんどん内側に滑り落ちてしまうのだ。
その先は断崖である。
ついに身動きができなくなってしまった。
さあ、どうしよう。
僕はふと名案を思いつく。イニシャルDで拓海が雨の峠道でバトルしたとき、イツキをなぜかリアシートに載せていた。「即席のレインセッティング」と言っていた。
トラクションを増せばいいのだ。
僕は3人の子供たちに、リアシートの奥のトランクスペースへ座ってもらった。家内と赤ちゃんも三列シートに座ってもらった。これで重量は相当後ろにかかる。少しはましになるかもしれない。
そういうと、家内が「天狗さんにも後ろに乗ってもらうようにお願いしとくわね」と恐ろしいことを平気で言う。この人にとっては天狗さんは山のお友達みたいなものなのだ。実際、高知の金毘羅さんでも、家内が天狗さんを呼んでくれて、楽々登った経験がある。
僕は龍神系なので、水系は強いんだが、山は家内のほうが強い。
車の動きが全く変わった。まるで巨大な力が後輪を押し付けているかのようだ。
リアタイヤがしっかりグリップするようになり、不安な動きがなくなった。そしてなんとか深い雪道を脱して、無事に峠を降りることができた。
もし、子連れでなかったら、クリアできなかったかもしれない。僕一人、ドンガラのアルファードとともに崖下に墜落していたかもしれない。家族みんなできたことが、結局は一番良かったということか。家内にはつくづく頭が上がらない。
夕食は「おくとろ温泉」というところにナビの案内でさしかかり、夕飯を食べた。みんなお昼抜きだったので、死にそうなほどおなかが空いていて、子供たちも大人と同じ分量の定食をぺろりと平らげてしまった。
その後、温泉にも入って、体にしみ込んだ寒さを脱ぎ捨てていく。露天風呂からは下弦の月が美しく見え、ときどき雲の中に隠れていく。風情がある。
まるでチェシャ猫のように夜空が笑っていた。
結局帰宅は深夜だった。くたくただった。
- Permalink
- by lute
- at 01:01
- in 日記
- Trackbacks (0)
